2024.09.11
2020.02.17
2024.04.25
「デジタル・シティズンシップ教育」とは、「デジタル技術の利用を通じて社会に積極的に関わり、参加する能力を身につけるための教育」だ。その始まりは米国で「子どもたちによる学校へのスマホやパソコンの持ち込みや不適切な利用」が問題となり、対策が必要だという声が高まったことにある。
そこで、1998年に国際教育技術協会(ISTE)が対策ガイドラインを公開、2007年に改訂された「デジタルの技術利用における、適切で責任ある行動規範」という定義が、「デジタル・シティズンシップ教育」の礎となった。
この教育がヨーロッパに広がり、よりポジティブな内容へと変化。2020年の欧州評議会で、“デジタル技術を利用して、社会参加の能力を身につけるための教育”と再定義されたのだ。
一方、日本では、従来情報教育の中で「情報モラル」という領域が設定されてきたが、その内容は安全やリスク回避が中心で、デジタル・コミュニケーションによる「社会参加」の観点は希薄だった。このため、今日のデジタルツールを日常生活で使う状況との間にギャップが生じた。
そんな中、デジタル・シティズンシップ教育が日本で注目されたのは2020年。『GIGAスクール構想』として小中学校・特別支援校に1人1台、情報端末が配付された頃だ。
「この時点では1人1台の端末を導入・運用するカリキュラムが存在しなかったので、2022年、経済産業省が推進する学習プラットフォーム『STEAMライブラリー』に日本発のデジタル・シティズンシップ教育の教材を公開。2023年には総務省からも保護者向けの教材がリリースされました。
これらの礎になっているのは、米国の『コモンセンス財団』がハーバード大学の研究データを元に作った英語教材です。年齢に合わせて変わるメディアとのつきあい方や、思考を深め問題解決へと導くノウハウが充実しており、効果的に学べる内容となっています」と豊福さんは語る。
「『デジタル・シティズンシップ教育』の大きなポイントは、シティズンシップ(公民権)、つまり社会参加がベースになっていることと、子どもだけでなく、大人にも必要だという点です。
子どもたちは生まれた時からデジタル機器があるので、操作スキルには長けていますが、大人も子どももデジタルの権利や社会的影響、課題解決への知恵を十分に備えている訳ではありません。ですから総務省も子どもだけでなく、全世代へのデジタル・シティズンシップの総合的推進を打ち出しています」と豊福さん。
また、「デジタル・シティズンシップ教育」には、「Safe(安全に)」「Responsible(責任を持って)」「Respectful(相互尊重のもと使う)」という3つの原則がある。
デジタル・シティズンシップ教育の3原則
上から目線の指導や抑制ではなく、「デジタル世界で自立し、安全に使い、問題が起きても解決できる」力を育む姿勢が大切にされているのだ。加えて、情報を使うことには大きな責任が伴うため、「あなたはデジタルの世界でどういうことをしていくの?」「どういう立場をとるの?」と問いかけるスタンスも重要視されている。
さらに、「デジタル・シティズンシップ教育」においては、周囲の大人たちがその内容を深く理解し、成長・発達につれて変化する疑問や困り事に応えていく必要がある。
子どもたちは発達段階に応じて、自分が中心の世界から、少しずつ他者の視点や抽象的な概念を獲得していき、より高度な思考を身につけていくからだ。加えて、情報をやりとりする相手も、家族から身近な他者、社会へと広がっていく。
「社会参加を目標とする『デジタル・シティズンシップ教育』の知識は全世代に必要ですが、年齢層によって、社会との関わり方や教育の目的には違いがあります。ですから、その子自身の発達段階や特性をよく理解した上で進めることが大切なのです。
そして、その根底として最も重要なのは、保護者が子どもたちにとって“一番の理解者”であることを示し、一緒に課題と向き合い、対話する機会を持つことです」。
では具体的にどのように対話をしていけばよいのか。「デジタル・シティズンシップ」の6つのテーマについて、家庭で教育する際のポイントや注意点などを交えて解説する。
「デジタル・シティズンシップ教育」の
6つのテーマに基づく
家庭での教育ポイント
IDとパスワードの管理法、個人情報の取り扱い方などデジタル環境の「安全な利用法」を伝える
オンラインの安全な利用に関わるテーマが、「セキュリティとプライバシー」。子どもたちに最初に教えるのは、①たちどまる(あわてて行動しない)、②考える(何をすべきか、何をしてほしいか考える)、③たずねる(自分で解決できないときは、信頼できる他者に助けを求める)の3点だ。
例えば、タブレットやPCなど情報端末の扱い方。「ノート型の端末はキーボードと画面との間にモノを入れたまま畳むと液晶パネルが割れてしまう」「持ち運ぶときは“あかちゃんだっこ”のようにする」「水に弱い」など、具体的に伝えておくのがベター。
ネットに接続された端末は常に外からの攻撃にさらされているので、「IDとパスワードを適切に管理する」「アプリなどのアップデートをマメに行うこと」は基本中の基本だ。
また昨今重要になっているのは、個人情報(個人を識別する情報)やプライバシー(他人に知られたくない情報)を区別する能力。クラウドに情報をアップする際に、「この情報は誰に見えているのか」という共有範囲を意識することも伝えておきたい。
ネット利用が増えるほど、フィッシング詐欺、クリック稼ぎのボタンを押してしまったり、うっかりプライバシー情報を入力して生成系AIに情報を吸い取られる、といったリスクに直面する機会も増える。何が危険なのか、普段の利用でも目利きができるように導きたい。
メディア利用はデジタルかアナログか、ではなく食事や勉強、寝る時間とのバランスを子ども自身で計画する
「メディアバランスとウェルビーイング」は、「子どもがタブレットやPCなどでYouTubeやゲームに触れる時間と、それ以外の時間のバランスをどう取るか」という、多くの家庭でも関心が高いテーマ。
WHO(世界保健機構)は2022年に「ゲーム行動症」の分類を採用したが、これを病気や障がいととらえて治療をすべきかについては、今も論争が続いている。
ただ、子どもが身体的にも精神的にも健康的に過ごすために、生活時間でのメディア利用(デジタル・アナログを問わない)と、それ以外の生活に必要な時間(食事や勉強、寝る時間など)のバランスを自分で考えることは大切だ。
小学校中学年以上の年齢になったら、まず普段の生活を振り返って、どんなメディアをどのくらい使っているかを書き出してみよう。そのうえで、よりよい健康的な生活のために工夫できることを、親子で一緒に考え、メディア計画を作って実行し、振り返る姿勢が重要だ。これは子ども自身が自分の生活時間を自律的にコントロールするトレーニングにもなる。
一方、幼児や小学校低学年の場合、デジタルメディアの魅惑から逃れるのは難しいので、利用時間を区切ったり、利用をやめる時に気持ちを切り替える合図を決めておいたり、といった工夫をしたい。
やりとりや行動はすべてオンライン上に残るもの、SNSは見せ方によって“評判”が変わる!
「デジタル足跡とアイデンティティ」のテーマで扱うのは、「オンラインで表現される自分をどう作っていくのか?」という課題だ。誰しも、リアルとオンラインの自分は違うもの。SNSの性質によっても見せ方は変わってくる。
幼児~小学校低学年のうちは関わりの少ないテーマだが、小学校中・高学年の頃のゲーム内チャットなどでの交流がスタートになりやすい。ゲームのキャラクターの姿で他の人と会話する中で、オンラインでのアイデンティティが決まっていく。そして、こうしたやりとりや行動は「デジタル足跡」としてオンラインに残される。
また、10代になるとプライベートでSNSを使い始める子どもも増える。複数のアカウント(いわゆる裏アカ)を作って、それぞれの性格を演じ分けるようなことも普通だ。子どものSNSでの行動を保護者がすべて把握するのはほぼ不可能なので、実に悩ましい。親子の対話の中でたまに様子を聞いたり、心配していることを伝えたりする程度に限られるだろう。
その時には、「見せ方によって他者の評判は変わる」からこそ、「オンラインの自分の評判は自分で作る」という意識付けが大切だ。例えば、オンラインの性格を盛りすぎて、しんどくなってしまったらどうするか、あるいは、どんな見せ方が自分にとって無理がないのか、といった話題は一緒にこのテーマを考えるきっかけになるだろう。
プライベート、パブリックのコミュニケーション、「責任のリング」を小さな頃から意識して
オンラインのコミュニケーションには2種類ある。プライベートとパブリックだ。GIGAスクール以前の学校は、児童生徒に個別IDを出すことが稀だったので、大半の情報モラル教育ではオンライン・コミュニケーション=プライベート(例えばLINEなど)として扱われてきた経緯がある。
しかし、GIGAスクール以降は、学校の個別IDを使って学級内・学校内で連絡・宿題提出・発表といったパブリックなやりとりがデジタルで行われるようになってきた。こうしたやりとりは、やがて学校ブログや学校YouTubeチャンネルといった不特定多数を対象にしたメディア制作・発信につながっていく。
そこで伝えておきたいのが、「責任のリング」という概念だ。「責任のリング」は三重の円でできていて、一番中心の円は「私」。その周りが「共」、いわゆる周囲の人々。その外に「公」、つまり公共の社会、あるいは自分の知らない世界が広がっている。自分がオンラインのやりとりをする際に、メッセージはどこに届いているのか、誰に対して責任を果たさなければいけないのか、考えるためには有効なアイデアだ。
少し前にSNSで、「しょうゆさしをペロペロなめるいたずら動画」を学生が投稿して問題になった。行為自体の問題はもちろんだが、それ以上に考えるべきは、内輪受けを狙った(「共」範囲しか想定していなかった)コンテンツが、SNSでのシェアの連鎖で、あっという間に「公」の領域にはみ出してしまったことだ。
子どもの頃にこういった大失敗をすれば、後の人生にも大きな影響をもたらす。幼い頃から自分のネットでの影響力とあわせて、このリングを意識しておくことが大切だ。
「ありがとう」の気持ちを込めて著作者の表記を、検索結果は情報ソースや信頼性の評価法を教える
「ニュース・メディアリテラシー」は、小学校中・高学年頃から必要となるテーマだ。このテーマで一番に教えるべきは、知的所有権や著作権の重要性について。
まず、「自分が何かキャラクターを作ったときに、他の人から“ありがとう”と言ってもらえるとうれしいよね」と伝えた上で、「そのキャラクターには作った人の想いが込められているので、『ありがとう』の気持ちを込めて、作者の名前やクレジットを表記する」という順序で、ポジティブに伝えるのが望ましい。
次に教えておきたいのは、膨大なネット情報を見極める力。例えば、検索結果について、どのソースからの情報が信用できるのか、「信頼性を評価する」方法を考える。
なぜなら、新聞社などマスメディアのサイトでも、本文以外の広告が混ざっていることが多いもの。それぞれの読み解きを教えた上で、デマやフェイクなど、意図的に悪意を持って流れてくる情報について「どうやって見極め、対抗すべきか」を一緒に考えてみよう。
YouTubeなどは、過去の検索履歴から趣味趣向に合った情報が表示されやすくなるフィルターバブルの特性について教え、バブルの中の偏りを認識し、これらを打破する方法についても考えていく。
異なる立場への共感と「アップスタンダー」宣言がいじめの抑止力となる
このテーマは子どもたちがオンラインで経験する深刻な事案を扱う。とりわけ重要なのはネットいじめについてだ。最近、海外のいじめ対策で重要視されているのは、いじめの加害者・被害者に加えて、周囲にいる第三者がどのように立ち居振る舞うかという課題だ。
これを扱うのが「脱・傍観者教育」である。いじめの周囲にいる人々の立場には「バイスタンダー」と「アップスタンダー」の2つがある。いじめの場面で被害者になったとき、周囲の人がいじめが伝染しないように関わりを絶ってしまうと、被害者の孤立はより深刻なものになる。これが「バイスタンダー(傍観者)」だ。
これに対し「アップスタンダー」は自ら行動を起こす人のことをいう。行動といっても、加害者に「止めろ」と言うだけではない。被害者に「自分は君のことを心配しているし、いじめはいけないことだと思う」と共感を示すことも立派な行動の1つだ。また、「自分はいじめはやらないし、許されない」と声に出すのも大切で、いじめの抑止力になる。
一方、ヘイトスピーチは大人向けに学習機会が設けられることもあるが、子どもは、身の周りに起こっていることを十分認識できていないという難しい課題がある。人種・国籍・LGBTQなどに関わるヘイトにどのように向き合うか、実際に課題に直面したときどうふるまうべきかを対話の中で深めていく必要がある。
豊福 晋平さん
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員・准教授。横浜国立大学大学院 教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退。専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。一貫して教育情報化の研究と普及に取り組み、近年は、北欧諸国をモデルとした学習情報環境の構築に関わる。2019年に仲間と「日本デジタル・シティズンシップ教育研究会」を創立。共同代表理事として、「デジタル・シティズンシップ教育」の普及に務めている。
監修:豊福 晋平
文:笹間 聖子
FQ Kids VOL.15(2023年夏号)より転載
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