2024.05.31
2022.04.27
2024.07.17
田中弘美さん
保育士、幼稚園教諭、国際モンテッソーリ教師。幼児期から学童期まで、一貫してモンテッソーリ教育を行なう株式会社ウィズチャイルド創始者。現在は保育顧問としてグループ4園を回りながら、次世代の保育士や職員の育成に力を注ぐ。また、未来の子どもたちの保育環境を考える「日本こども育成協議会」の相談役でもある。
モンテッソーリ教育とは、1900年代はじめにイタリア初の女性医師が、子どもたちが持つ「内なる生命力」を引き出すことを目的に提唱した教育法だ。
脳と身体が急速に成長する0~6歳頃を「敏感期」と位置づけ、そのタイミングに良い刺激を与えられる環境を整えることで、子どもたちの成長、発達を促していく。
「人間は誰しも成長のリズムを持って生まれてきています。例えば、赤ちゃんが手足をバタバタと動かし、寝返りを打ち、いつしか座って立ち上がることは、親が教えるわけではありませんよね。どの子にも『育ちたい』という本能があり、その成長に対して敏感な時期があるのです。
大切なのは、その時期に何か教え込むのではなく、子どもたちのエネルギーが発散され、正しく成長の方向に向かうようにサポートしてあげることです」と田中弘美先生。
分かりやすいケースで言うと、2歳頃の子どもは車道と歩道の間に段差があると、必ずその上を歩きたがる。なぜ歩くのかと言えば、身体のバランスをとって、まっすぐ歩けるようになりたいのだ。誰に言われなくてもそうやって歩き、踏み外してケガをすることがあっても、懲りずに成長のための練習をするのだという。
また、「成長のための練習」というと、親はつい「もっとさせなければ」とさまざまなことを無理やりさせてしまいがち。だがモンテッソーリ教育では、「そっと見守り、さりげなくできる環境を近くに置いてあげること」を推奨する。
親はあくまでも、子どもが自発的に力を発揮し、育っていく手助けをする立場であるということだ。
マリア・モンテッソーリは、イタリアで初めて医学博士となった女性で、精神科の医師だ。
元々は知的障害のある子どもたちの教育に携わり、その後スラムの子どもたちの教育に関わる中で、「子どもは道具や玩具がなくても、自分の手を使って遊びを考えだし、成長・発達していく。それは本能的な衝動である」と発見。
そこで、「適切な環境や道具を整えてあげれば、子どもの力はどれだけ伸びていくのだろう」と考え、「子どもが自分で自分の力を伸ばす」教育法を提唱した。
一方でマリアの考え方には常に平和と愛が満ちていた。ムッソリーニ政権に利用されそうになったこともあるが、権威を嫌い、世界大戦中は海外に亡命。晩年には「平和に寄与した人」に贈られるノーベル平和賞に3回もノミネートされた。
ストロー挿しに集中している1歳児。
加えて、田中先生はこう解説する。「敏感期の現れる時期や順序は子どもによって異なります。しかし、いずれもその時期がきて、『今ちょうど育てたい』と思っている事柄に出会うと、子どもは周りが見えなくなるくらい集中します。そうして、歩く、話す、などの能力を獲得していくのです。
これを『集中現象』といい、力を吸収しようとする気持ちを『吸収精神』といいます。その吸収力はすさまじく、乾いたスポンジが水を吸い込むように記憶してしまうこともあります」。
親は「集中現象」が起きていることに気付いたら、それを妨げないように見守ってあげることが大切だ。
しかし集中しているからと言って、例えば水を室内であたりかまわずまき散らしたり、人に向かって水をかけたりしていたら、いったん中止して別の場所に環境を整えてから誘ってみることも必要。
また、なかなかやめることができないときも『今はできないね』と伝え、後で必ず整えた環境で誘ってあげよう。
モンテッソーリ教育では、この「集中現象」を通じて成長・発達を促すという方法を「おしごとをする」と呼んでいる。なかでも今回は、日常生活の自立につながる「生活のおしごと」と呼ばれる活動を紹介したい。
モンテッソーリ教育では、園での活動を「遊び」ではなく「おしごと」と呼んでいる。そこには、「お父さんお母さんが仕事に行っているように、自分たちも成長のためにとても価値のあることをしている」という想いが込められている。
「おしごと」には、「生活」「感覚」「言語」「数」「文化」の5つの分野があるが、今回紹介するのはその最もベースとなる「生活のおしごと」だ。
「子どもは毎日の中で自然に、朝起きて、洋服に着替えて、食べて、掃除をして……と日常生活を繰り返し練習しています。それを、年齢に合わせた環境を整えてあげることで、自発的にできるようにしていくのです。
私たちウィズチャイルドでは、子どもの手が届く棚におしごとの道具や教具を置いて、『自由に出して触っていいもの』としています。子どもたちは好きな時にそれらを使って、終わったら必ず元へ戻してから別の『おしごと』に取り組むのです」と田中先生。
例えば、ピッチャーの水をコップに移す「おしごと」。本人がやりたがることもあれば、教師が様子をよく見て、やりたそうな時に誘うこともある。
いずれにしても嫌々ではなく、心が喜々と踊って、集中して楽しんで取り組むことが大切だ。これを「自己選択活動」と言い、「これやってみる!」「これやりたい!」と子どもが自分で活動することが大前提である。
年齢によっては水では難しいので、代わりに豆で行い、できた頃合いに「水に換えよう」と提案するのも教師の役割。もちろん失敗はつきものだが、豆や水をこぼしても「失敗した」で決して終わらせず、「お掃除をする」という別のおしごとが始まる。
そうして別の日に、もう一度一緒に挑戦してみないかと教師が誘う。挑戦するかどうかは子どもが決めることだ。
他にも、日常生活の「おしごと」には、顔を洗う、髪をとかす、靴磨き、ほうきとちりとりで掃除するなど、さまざまなものがある。大人にとっては簡単なことだが、それが子どもたちにとってはすべて「自分を成長させるための楽しい練習」なのだ。
モンテッソーリ教育の「生活のおしごと」を家庭で実践する上で大切な、3つのポイントについて解説してもらった。
子どもの手で使いやすいサイズや形の「本物」を選ぼう。
「生活のおしごと」を家庭で行う際には、おままごと用のおもちゃや、子ども用に過度に簡易化されたものではなく、「子どもサイズの本物」を用意するのがおすすめだ。
子どもの手でも使いやすいサイズや形のアイテムを選ぼう。また雑巾も、子どもの手の大きさに合わせて切って使うのがおすすめ。
さらに、モンテッソーリの園では、本物の裁縫道具や包丁も使われる。「危ない」と思うかもしれないが、だからこそ集中して物を扱う精神が育まれ、運動の調整ができるようになる。
包丁や針など、危険な道具を使う時は、タイミングを見極めて。
最初に親がやって見せること、次に一緒に行ない、一人でできるようになったらはじめはゆっくり見守るという手順を踏めば、子どもたちは驚くほどに成長する。
ただ、集中できないとうっかりしてしまうこともあるので、危険な道具を使う時は、親が「気持ちが落ち着いていて、取り組む意欲がある時」を見極めてあげよう。
自分で身だしなみが整えられるよう、ブラシとティッシュを鏡の前に置くのもおすすめ。
「見ていてね」と伝えてから、ゆっくりやって見せる。
子どもが何か「おしごと」に取り組む際には、まずは必ず「私がするのを見ていてね」と伝え、親がやって見せよう。。
ただし子どもの目には、大人がやっていることが3~5倍の速さで映っている。だから、手順をなるべく細かく分解してゆっくりやって見せて、「何をしているのか」を1つ1つ理解してもらうことが重要だ。
大人が思う通常の「ゆっくり」の、さらに3分の1くらいのスピード感をイメージしよう。子どもはその動きを模倣し、繰り返して学んでいく。
子どもが模倣するのを見守る。
ちなみにマリア・モンテッソーリは、スラムの子どもたちに鼻をかむ動作を教える際、「ティッシュを鼻に当てる」「片側の鼻の穴をふさぐ」「もう片側の鼻から息を出してかむ」という手順でゆっくり行って見せ、子どもたちから拍手を浴びたという逸話が残っている。
コップの置き場所に顔写真をつけて、自分の置き場所がパッと一目でわかるように。
大人に頼んだり尋ねることなく、「一人でできる環境」を用意することも重要だ。例えば、タンスの引き出しに中身がわかるシールを貼ったり、兄弟ごとに異なる目印をつければ、視認性が上がって子どもでも取り出したりお片づけしやすい。
また、何かこぼしたり汚した時にも、親が雑巾を持ってきて「これで拭きなさい」と言うのではなく、子どもの手に合うサイズの雑巾をあらかじめ用意し、「茶色い雑巾は床を拭くためのもの」「白い雑巾は机を拭くもの」など色分けして所定の位置に置いておけば、子どもが自分で雑巾をとってきて自分で拭けるようになる。
子どもサイズの雑巾は用途に分けて色を変え、「つくえよう」「ゆかよう」などと書いて収納場所に置く。
「自分でどうしたらいいか考えて行動する」クセをつけるために、子どもでも分かりやすい環境を用意して、見守る姿勢を心がけよう。
自分がやりたい気持ちに合わせて「おしごと」ができるようにセッティングされている。
文:笹間 聖子
FQ Kids VOL.16(2023年秋号)より転載
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