2022.06.05
2023.04.24
2023.09.22
「絵本って、何のために読むんですか?」と、大人の方からたびたび聞かれます。私はこの質問に、最初の頃はショックなくらい驚いて、うまく答えられませんでした。
なぜかといえば、「◯◯のために読む」という視点を私自身がまったく持ち合わせてこなかったからです。何かのため、つまり目的を持って絵本を読んだことが、子ども時代も現在も一切ないのです。今の子どもにしても、これは同じでしょう。
少し質問を変えて「なぜ読むのか?」なら、はっきり答えられます。「面白いから」です。
子どもにとって絵本の時間は、想像の世界に遊べる特別なひとときです。ページを開けば、いろんな感情や擬似体験に出くわしますから、そりゃあもう、面白くてやめられません。だから、読みます。
考えてみれば、大人だって似たような楽しみを日常的に味わっているはずです。あなたは息抜きに小説を読んだり映画を観たりしませんか? 思い浮かべてみてください。楽しみにしていた小説を開くのに、「目的」を考えることはそうそうないのでは? 面白そうだから読む以外に、特段の目的なんてないのが普通です。
それに、誰かから「この映画は◯◯の場面があなたの◯◯な状況を解決してくれるだろうから、見なさい」なんて言われたら、それこそ興ざめです。私なら、その映画のタイトルすら見たくなくなるかも……。
楽しみだから読む、面白いから見続けるのが、エンタテインメントに向かう私たちのありのままの姿です。そこに「子どもか大人か」の線引きはなく、絵本の読み聞かせに関してもこれは同じなのです。
だから、「絵本で子どもの非認知能力を育みたい」と思ったときは、大人の心の置き所に気をつける必要があります。「◯◯力を伸ばしたい」などの思惑から義務的に取り組めば、子どもは素直に楽しめず、逆に絵本を嫌いになりかねません。
そうではなく、目の前の一冊を親子で、ただ心から楽しんでほしいのです。「(自分が)面白い」という感覚は、絵本を親子で読む際に最も欠かせないものです。子どもはもちろん、傍らの大人自身がそう思っていることもまた重要です。
なぜ、大人の気持ちまで関係してくるのでしょうか。これをひもとくには、子どもの本能的なあり方に目を向ける必要があるでしょう。
子どもは大人が思う以上に、大人を愛しています。お母さんやお父さんの一挙手一投足を観察し、感じ取って、「自分がどうあればこの人たちは幸せか」をいつも無意識のうちに判断して動いています。読み聞かせという何気ない瞬間にも、このけなげさはやっぱり保たれているのです。
大人が絵本を「読んであげている」その時に、子どもは画面に目を向けながら、同時に「大人がちゃんと面白がっているか」までよく見ています。大好きな大人が側にいてくれること、楽しそうに笑っていること。これを確認できると、彼らは安心して想像に遊べます。
絵本は非認知能力の伸びを手助けする、かっこうのツールです。けれどそれがよく機能するには、愛着や安心感が親子の間にあることが大前提になります。大人も「自分ごと」として、子どもと張り合うくらいに絵本を思いっきり面白がっていること。平凡に思えるこの体験こそが、子どもの力の伸びを最もよく助けるでしょう。
今回は、親子一緒に思いっきり面白がることのできる絵本を2冊ご紹介します。見たことのない光景を描く作品は、親子の目線を自然と並列にしてくれます。わからなさの魅力に「一緒になって没頭する」感覚を持つことが、大人の姿勢としてはおすすめです。どの絵本を開くときにも、この感覚を思い出してみてください。
『ままです すきです すてきです』
谷川俊太郎/文、タイガー立石/絵
福音館書店 1992年
谷川俊太郎による、しりとりの絵本です。鬼の子とともに呼び鈴を押してドアの中をのぞくと、そこは動物たちの集うホテルか、はたまた家か。「たぬき きつね ねこ……」と始まるしりとりを追いかけながら、私たちの目は「たぬき」や「きつね」の奇妙な姿にくぎづけになります。
きのこのつなひきに、太古の骨が埋まる地層。次々と展開される見たことのない光景に、読み手は魅了されっぱなしです。「なんじゃこりゃ」の気持ちに誘われて、隅々までチェックせずにいられません。「ちくおんき きく くま」のページからは、文章のしりとりに変化して、それもまた楽しいのです。
画家はタイガー立石。シュルレアリスムなどに影響を受けた鬼才の、頭の中をのぞくような一冊です。
イカタコつるつる
長新太
講談社 2004年
お腹をすかせたイカは、お店にやってきてラーメンを注文しました。つるつる、つるつる、夢中で食べます。すると、自分の足が口に入って、ラーメンと一緒に食べてしまいました。イカは「いたいけど、おいしいよ〜」と言って、足とラーメンを食べ続けます――。
イカとタコのナンセンスな物語が、画面いっぱいに繰り広げられます。「わからない面白さ」にとっぷり浸ってみてください。子どもたちはイカとタコの姿に、「痛い」けれど「おいしい」、「愉快」だけれどどこか「怖い」といった、複雑な気持ちを味わうでしょう。
一見、荒唐無稽ですが、世間にはこんな光景が結構転がっているかもしれません。結末も格別です。
※「対象年齢」は寺島知春先生の基準によるものです。各絵本の出版社が提示しているものとは異なる場合があります。
寺島知春
絵本研究家/ワークショッププランナー/著述家。約400冊の絵本を毎晩読み聞かされて育ち、絵本編集者を経て現在に至る。著書に『非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180』(秀和システム)。アトリエ游主宰。
HP:terashimachiharueh.wixsite.com/atelieru
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FQ Kids VOL.14(2023年春号)より転載
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