子供に“価値観を持たせる”教育とは? 情報に踊らされない大人になるために必要なこと

子供に“価値観を持たせる”教育とは? 情報に踊らされない大人になるために必要なこと
昨年の米大統領選では様々な情報がメディアを駆け巡った。メディアに踊らされない人間になるためにはどうすればいいのか。子供の頃から自分の「価値観」を持たせる教育がとても大切だと、社会学者の宮台真司氏は説く。

今なぜそうなっているのか、
歴史を知る

昨年の米国の大統領選挙において、ジョー・バイデン(民主党)が終始優勢で勝利したにもかかわらず、一部メディアやSNSで、「ドナルド・トランプ(共和党)が終始優勢で勝利したのに票の集計で不正があった」との主張を繰り返している変な人々がいます。

僕らがこうした変ちくりんなメディア情報に踊らされないようにするにはどうすべきか。特に子供たちをどう教育していけばいいのか。今回はそれを考えます。一口で言えば構造的な問題についての理解が必要です。それを子供たちにも伝えなければなりません。

トランプ問題の背景は1990年代の民主党の変質に遡ります。この百年、共和党は農家と製造業資本家が支持する「古き良きアメリカ」を掲げる自由主義政党なのに対し、民主党は新たに生まれた都市と郊外に住む製造業労働者に支持される再配分主義政党でした。

ところが80年代までの日本の製造業グローバル化で、アメリカの製造業が沈下し、90年代のビル・クリントン(民主党)政権以降、アル・ゴア(後の民主党大統領候補)の「情報スーパーハイウェイ構想」をベースに、知財のグローバル化に舵を切ったのです。

結果、共和党は自営業農家と「製造業資本家」のためという従来の色合いを維持したのに対し、民主党は「製造業労働者」の政党の色合いを薄め、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など「プラットフォーマー資本家の政党」に舵を切ります。

だから、共和党は「古い」勝ち組のためにグローバル化に反対し、民主党は「新しい」勝ち組のためにグローバル化に賛成する形になりました。いずれにせよ両党とも「新旧勝ち組のための政党」になり、五大湖周辺の伝統的な製造業の労働者層が取り残されます。

そこに目を付けたのが共和党のトランプ。民主党の伝統層の取り込みを図って「お前たちの痛みを止める」と訴え、「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(アメリカを再び偉大な国に)という合言葉を持ち出した。それが極めて有効な選挙戦略になりました。

元々トランプの大統領への立候補は、選挙で売名して、2度の事業失敗の後の新事業に役立てるためのもの。奇しくも選挙戦略が有効すぎて、意図せず大統領に選ばれました。ところが1期目のコロナ対策の失敗で生活に困った労働者が、今回トランプから離れたのです。

簡単な言葉とテーマで
ディスカッションする

こうした、少し歴史を勉強すれば分かることを、日本の学校では教えない。だから、近い将来自分が困窮して孤独死するはずなのに、他国の事柄に「陰謀だ!」と噴き上がる大人が育つ。滑稽です。「感情の釣り」で儲けるメディアに振り回されない子供を育てるべきです。

メディアリテラシーは、大人が意識して子供に伝えない限り育ちません。でもそもそも大人にはメディアリテラシーがありません。このままでは「鷄と卵」の悪循環が永続します。そんな中で個々の親や教員がとるべき構えは何か。「社会という荒野を仲間と生きる」です。

具体的には、家庭や学校で「価値観」をディスカッションすればいいだけ。小学校低学年からでもできます。「再配分の善悪を問う」という難しい言葉を使わず、金持ちは金持ちのまま、貧乏人は貧乏人のまま、努力が報われない社会がいいのか悪いのか、と問えばいい

学校では、道徳の時間が単位化されたのを逆手に取れば、本来そういう授業は幾らでもできます。それを教育委員会や指導要領が許していないとして、上を伺う「ヒラメ」と周囲を伺う「キョロメ」の忖度が覆います。でも劣等な制度と劣等な国民性は簡単に変わりません。

だからこそ、学校でも一部の知恵の働く教員が、そういう教員がいないなら親や塾の先生が取り組むのです。僕は、先ほどの大統領選の話を家庭で子供たちとディスカッションします。難しくも何ともない。意識的にそれをすればいいだけ。ただそれだけの話です。

法を破ったからこそ
民主主義がある事実を告げる

それができないのは、家庭で言えば、今の親がクズだからです。今の親がクズなのは、親の親もクズだから。そうした累積的な悪循環が生じています。クズとは「言葉の自動機械・法の奴隷・損得マシーン」のこと。「価値観が空洞化した人々」と表現しても構いません。

悪循環が生じたのは新住民化が生じた1980年代から。新住民とは土地にゆかりのない者のこと。それが多数派になるのが新住民化。結果「法はタテマエで、ホンネは昔ながらのやり方」という旧住民の作法が消え、法を金科玉条とする神経症の「法の奴隷」が増えます。

昔ながらのやり方は、それで地域が存続できた歴史があるので、無自覚でも公共的つまり皆を支える力がありました。例えば「公園の危険な遊具」や「焚火や花火の水平撃ち」が育てる共同身体性と共通感覚。それが消えて子供たちがバラバラになり、大人になりました。

かくて繫がりを失って育ったクズな大人が、全体を見ず――日本の将来や子供の将来を見ず――ヒラメとキョロメのポジション取りを最たる優先事項としてクズな子供を育てる。価値観を欠いた大人が、価値観を欠いた子供を育てる。それが今の日本の正確な描写です。

「対米追従が悪い」「天皇制が悪い」「アベスガが悪い」という告発が真実としても、人々から価値観が脱落していれば――三島由紀夫が言う「空っぽ」――そもそも無効。せいぜい空気次第でポピュリズム的煽動に役立つだけ。そもそも空気はどちらにも転ぶものです。「空っぽ」でなく「価値観に満ちている」とは、「愛と正しさのために法を破れる」存在であること。「仲間を守るために法を破ることも、事と次第で必要不可欠だ」という構えを、子供である間に育てられるかが肝腎です。日本全体では無理だということはどうでもいい。

そもそも法を破らなければ、市民革命はなく、民主主義もない。市民革命は全て違法。愛と正しさのために法を破った人々が市民革命を成功させ、自由で民主的な社会を実現し、敗戦した日本が摸倣した。これは厳然たる歴史です。今のように十秒で子供たちに伝えられる。

繰り返すと日本全体がどうにもならないことはどうでもいい。自分の子供が「クズ=空っぽ」ならぬ「マトモ=価値観に満ちた人間」になってほしいと願って実践する。それが結果的にメディアに踊らされない大人を育てることに繋がり、運が良ければ日本も変わります。

PROFILE

宮台真司(SHINJI MIYADAI)
1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(社会学博士)。『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など著作多数。


FQ Kids VOL.05(2021年冬号)より転載

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