2020.07.22
2020.08.23
2021.08.07
FQKids編集部:単刀直入にお聞きします。早期教育は必要でしょうか?
平田オリザさん(以下敬称略):私は55歳になって初めて子供を持ち、現在子供が3歳です。4年後には小学生になり、さらに10年もすれば大学受験を迎えます。教育にまつわる情報がこれほど溢れる世の中で、何をどう取捨選択したらいいのでしょうか?
唯一わかっていることは「未来はわからない」ということです。未来が予測不可能なのに、いったい私たちは子供たちに何を教えればいいのでしょうか? 早期教育は必要なのか? 英語教育は必要か? いま先んじて学ばせたことが、将来それが全く役に立たなくなっている可能性も考えられます。
ちなみに幼児期に英会話教室に通った子供も中学での英語の成績との相関性はない、とされています。また、よく言われているのは、中学受験は親がかりになりがちなので自立的な学びの習慣がつかないのではという指摘です。
もちろんエリート校に入学するためには、子供もある程度、自立して学べる力がないと合格はおぼつかないですし、親や塾の指導がよければ自立した学習習慣を持っている生徒もたくさんいます。
FQKids編集部:平田家ではどのような教育方針なのでしょう?
平田オリザ:「いかに子供の好奇心を育てるか?」に尽きます。うちの子は12月生まれなので、クリスマスも正月もいっぺんにやってきます。だから5月くらいに1度、「何が欲しい?」という話し合いを行います。現在、「ピアノと自転車、どっちが欲しい?」ということを、子供も交えて話し合いが行われています。
また、「いかに親が人生を楽しむか?」が大切です。フランスではよく夫婦で観劇を楽しみますが、劇場へ行く時は子供をベビーシッターに預けます。そんな文化・芸術を楽しんでいる親の姿を見て、「自分も早く大人になりたい」という気持ちが子供に芽生えます。子供は大人の言うことは聞きませんが、大人のすることだけは真似しますから。
わが家の場合、私の仕事場である劇場によく遊びに連れて行くので、劇場は好きみたいです。だからといって、将来、役者になるかどうかといった話は一切しません。親ができることは、何も期待をしないこと。
子供は敏感ですから、無意識のうちに親の期待に応えようと行動してしまいます。親は子供に期待して当たり前ですから、「いかに親の期待を子供に見せないか」という親の演技力が必要になります(笑)。
FQKids編集部:2020年度の大学入試改革が二転三転して受験生は翻弄されました。
平田オリザ:私は新制度入試の対象になる高校生やその保護者たちには次のように話してきました。「未来のことはわからないけど、言えることは3つあります」と。
●日本の未来がこうなる、だから教育もこうなると断言する人がいたら怪しいと思ってください。
●大学入試改革が進んでいる大学は比較的信用できる。学長の強いリーダーシップや全教員の質が問われるためです。
●1番大事なことは、おそらくこれまでのように「偏差値で入れそうなところに入る」ような大学進学は意味をなさなくなる。ぜひ大学の質を見極めてください。
FQKids編集部:結局何もわからないのであれば、親は子供の好奇心を育てればいいということですね。
平田オリザ:私はまた、教員には次のように説明しています。「未来の大学入試がどう変わるかはわかりません。基本は、おそらく基礎学力です。7割方は従来型の基礎学力。残り3割で大きな差がつく時代が来ることは間違いない。
しかも、この 3割の部分は小さい頃から少しずつ身につけておかないとなかなか定着しません。だから幼児期と初等中等教育の重要性が増してきます。これからの大学入試は、うまく進めばの話ですが、1、2年の間の受験準備では太刀打ちできないいわゆる「地頭」を問うような試験に変わっていきます。
FQKids編集部:子供たちの好奇心を育てるため、地頭を鍛えるために、親ができることは何でしょうか?
平田オリザ:フランスの社会学者ピエール・ブルデューによって提唱された「文化資本」という概念がヒントになります。「文化資本」は細かく、3つの形態に分類されます。
①客体化された形態の文化資本(蔵書、絵画や骨董品のコレクションなどの客体化した形で存在する文化的資産)
②制度化された形態の文化資本(学歴、資格、免許等、制度が保証した形態の文化資本)
③身体化された形態の文化資本(礼儀作法、慣習、言語遣い、センス、美的性向など)
平田オリザ:①はお金で買えますし、②は成人になってからでも本人の努力で獲得可能な部分もあります。ただし③に関しては、センスといえば身も蓋もありませんが、「様々な人々とうまくやっていく力」と言い換えればわかりやすいかもしれません。
これはおおよそ20歳くらいまでに決定されると言われています。例えば味覚、音感、リズム感、色彩感覚は比較的に早い段階で。言語感覚や論理性はもう少し長期で形成されるでしょうし、小さい頃からの読書体験や言語環境が子供の成長に大きな影響を与えることは最近、とみに知られるようになっています。
お茶の水女子大学の浜野隆教授の研究チームがベネッセ教育総合研究所で行われた「教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書」(2007~2008年)では、「家に本(マンガや雑誌を除く)がたくさんある」「博物館や美術館へ連れて行く」といった家庭は、「毎日子供に朝食を食べさせている」よりも、学力が高いという結果でした。
先ほど「幼児期に英会話教室に通った子供も中学での英語の成績との相関性はない」とお話ししましたが、この調査では「子供が英語や外国の文化に触れるように意識している」という家庭環境と子供の学力には相関性があることがわかっています。
平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場芸術総監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。1995年『東京ノート』での第39回岸田國士戯曲賞受賞をはじめ国内外で多数の賞を受賞。京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、豊岡市文化政策担当参与など多彩に活動。
文:脇谷美佳子
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