どんな習い事を選べばいい? 医学博士に聞く、脳や身体に良い影響をもたらす“音楽”の力

どんな習い事を選べばいい? 医学博士に聞く、脳や身体に良い影響をもたらす“音楽”の力
春は新しく何かを始める絶好の季節。言語や技能の習得もいいが、加えてコミュニケーション能力を育める習い事があれば、それに越したことはない。医学博士にして音楽演奏科学者でもある古屋晋一先生に、「音楽の持つ力」についてお話を伺った。

EQ(心の知能指数)を高めるなら
脳が柔らかい幼児期の教育が大事

音楽教育はEQ(心の知能指数)を高めるといわれているが、果たして本当だろうか?

ソニーコンピュータサイエンス研究所で音楽演奏科学を研究する古屋先生は、3歳でピアノを始め、6歳から10年間「ヤマハ音楽教室」に通った経験を持つ。単刀直入に「音楽教育はEQを高めるか?」の質問に、次のように答えた。

古屋先生:幼児期から音楽教育を受けたお子さんは、心の知能指数(EQ)が高いという報告があります。何かを実行する時の能力や問題解決能力。これは学校の勉強だけではなかなか身につきません。海外ではグループディスカッションの授業があるのでしっかり鍛えられますが、僕はヤマハでこの能力を身につけました。

“EQ” が高いとはどんな人だろう。「自分の心理状態を認識できる」「自分自身を動機づけられる」「他人を理解し共感できる」「良好な人間関係を構築できる」「本来の能力が発揮できる環境を自らつくる能力に優れている」といった特徴があげられる。つまりEQ が高いと、まわりにたくさんの協力者が集まって、高い業績を残せる人になるのだ。

では、なぜ音楽教育が問題解決能力をはぐくむことにつながるのだろうか。

古屋先生:音楽を習っていると、“できない” ということにたくさん直面します。僕が『ヤマハ音楽教室』に通っていた時も、たくさんの “できない” に出会いました。すると先生は、できないことを否定せず、一段下げて“できる” を経験させてくれたんです。そうやってできることの成功体験を積ませ、そして次へまた押し上げていくというやり方です。

これは非常に理に適った教え方です。問題というのはいっぺんには解決しないことがほとんどです。解決するには問題を分析し、いくつかの要素にブレイクダウンさせ、自分が対処できるレベルにまで落としこんでいく作業が必要になります。

例えば、長いフレーズをうまく弾けないときは、まず一番苦手な部分を見つけて練習するといったやり方です。これは社会に出て直面した問題をどう解決していくか、というプロセスと全く同じですよね。僕はそれを小さい頃にヤマハの先生から学びました。

できないことができるようになると、本当に嬉しい。それを繰り返していくと、問題解決自体が楽しみになり、様々なことに前向きにチャレンジしていけるようになります。この経験はものすごく今の自分に生きています。

研究者生活はいわば、壁をぶち破る作業が続きます。でも、必ず答えが見つかると信じているし、実際問題をうまく設定してやると見つかります。この能力は、社会活動をするうえで大きな武器になります。

――なぜ脳がやわらかい幼児期に始めたほうがいいのか?

古屋先生:音楽の訓練を始めた年齢が早いほど、ピッチを正しく認識したり、リズムを正確に感じとる能力が高いという研究結果があります。つまり、“脳のやわらかい” 時期にたくさん良い音楽を聴いたり、音楽の教育を受けることが、その後の人生で音楽を深く楽しむための “一生の財産” になるというわけです。

ただ、あまり早すぎると言葉が理解できず、ドレミの意味も理解できません。ですから4、5歳でスタートするのが望ましいと考えられています。この時期から音楽教育を受けると、聴覚野(聴覚に関与する領域)の神経細胞の数が多くなることがわかっています。

ピアノ教育の世界では「良い音楽をたくさん聴くことが大切」とよく言われます。これと同じくらい重要なのが、幼少期の音楽教育です。

例えば7歳までにピアノを始めた人と7歳以降に始めた人では、前者のほうが聴覚野の神経細胞の数が多いことが知られています。絶対音感が身につく限界は8歳頃とも言われています。

ハーバード大学のシュラウグ教授らの研究によると、6歳児に1年3ヶ月間、専門的な音楽訓練を受けさせた結果、訓練を受けなかった同じ年の子供よりも、聴覚野の神経細胞の数が増えていたことがわかりました。さらに数が増えていた子ほど、リズムやメロディを感じとる能力が高くなっていたのです。

音楽的能力を伸ばすうえで
大事なのは親のサポート

――子供の音楽的能力を伸ばすために、親はどう接したらいいのか?

古屋先生:ポイントは2つです。1つめは、“決して叱らないこと” 。記憶のメカニズムから言えば、怒ったり叱ったりしても百害あって一利なし。叱ることはたくさんの弊害があります。親に叱られながら一生懸命に練習したのにピアノの発表会で失敗した。そして親に叱られる。これはまさに負のスパイラル。失敗したのは、叱られながら練習したせいかもしれないのです。叱られると記憶は定着しにくく、ほめることで記憶の定着が促されます

2つめは、“放っておいてもうまくなる”という脳の仕組みを親がよく理解しておくこと。できないところをできるようになるまで、何度も何度も夜遅くまで練習させる親がいます。できないときは、時間を空けたり、寝る。特に、脳は、寝ている間に記憶を整理します。できないところがあっても、朝起きたら弾けるようになっていた、というのはよくあることです。

集中力や協調性、
コミュニケーション能力が身につく
ヤマハ音楽教室のグループレッスン

――ヤマハのグループレッスンにはどんな狙いがあるのか?

古屋先生:狙いは4つ。「グループ全体が共通の目標を持つ」「一人ひとりに役割を持たせる」「子供同士の会話の中で切磋琢磨できる場面をつくる」「一人ひとりに目標を持たせ発表させる」。

社会課題を解決するプロジェクトを立ち上げる時も全く同じやり方をします。このヤマハのグループレッスンによって “協調性”が磨かれます。 “プレゼンテーション能力”も身につきます。

例えば、アンサンブルをやるときは、他の友達の演奏に耳を澄まし、掛け合いをします。音楽をやっていると、相手がどんな反応をするかいつも感じる癖がついていて、そのおかげで私はプレゼンする時も、相手の顔や様子を見ながら話の内容やトーンを瞬時に変えることができます。

また、自分の音を聞き、仲間の音を聞き分けて調和を求めていく作業から、 “集中力”“忍耐力”が身につきます。努力に対しての限界値も上げられます。僕はそれを、子供の頃にヤマハで自然に身につけていて、楽しみながらやっていたのが最大の財産だったと思っています。

――音楽教育を受けると、言語習得能力が伸び、感情の機微も聞き分けられるのは本当か?

古屋先生:本当です。音楽と言語には数多くの共通点があり。どちらも音のピッチ(高さ)やリズムがあり文法もあります。また、言語をつかさどる脳部位は、音楽を処理する際にも働いています。

私たちは日常の会話の中で、イントネーションの違いや、個々人の声の高さの違いなど、様々なピッチの音を聞き分けて生活しています。音楽家の多くは、マルチリンガルな方が多い。単語を知らなくても、言葉の音を聞けているので、上達も早いのでしょう。

声は、話されている言葉の意味だけではなく、話手の感情も伝授します。良い耳を持った音楽家は、相手の話し声の背景にある感情を理解する能力も高いのか? という質問ですが、クラウス教授の研究結果によると、赤ちゃんが何かを表現しようとしている時の声の複雑な波の形に対し、音楽家の脳幹はより強く活動することがわかりました。音楽家の脳は、感情を伝授しようという声に対して敏感に反応します。音楽教育によって、相手の感情の機微を読み取れる豊かな能力が身につくといえるでしょう。

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プロフィール

古屋晋一(ふるや しんいち)
ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチャー。上智大学 特任准教授。音楽演奏科学者。ハノーファー音楽演劇大学 客員教授。大阪大学基礎工学部卒業後、医学系研究科にて博士(医学)を取得。文部科学省卓越研究員。著書に『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』(春秋紗)、訳書に『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』。研究内容は、ピアノ演奏の巧みさと不自由さを解明し演奏家の支援。将来の夢は、研究者・教育者としてピアノを愛する全ての人に貢献できる研究・教育基盤を国内外に確立し、誰もが思い描いた音楽を一生涯奏でられる、文化的に豊かで持続可能な世の中を創ること(WEBサイト)。


文:脇谷美佳子
写真:藤記美帆

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