2020.07.27
2022.02.07
2024.10.25
前野隆司先生
慶應義塾大学大学院SDM研究科教授、武蔵野大学ウェルビーイング学部長。幸福学、イノベーション教育、システムデザイン・マネジメント学などの研究に従事。
1946年にWHO(世界保健機関)によって「健康」の定義の中で用いられた言葉。単に病気ではないという意味ではなく、肉体的・精神的・社会的に良好な状態を指す。
最近、多様なジャンルで目にする「ウェルビーイング」という言葉。SDGs(持続可能な開発目標)の3つ目の目標にも「Good Health & Well-Being」があり、日本語では「すべての人に健康と福祉を」と訳されているが、ウェルビーイングの本来の意味は「肉体的、精神的、社会的に満たされた健康かつ幸福な状態」である。
幸福といっても、一時的な幸せ感(happiness)とは異なり、長続きするものという意味で「持続可能な幸せ」と表現されることもある。
そしてこのウェルビーイングは、子育て・教育においても重視されつつある。2023年に閣議決定された教育振興基本計画や「子ども大綱」においても、「ウェルビーイングの向上」がコンセプトの1つとして掲げられた。
「なぜ学習をするのか? を考えたとき、“学びとは人々の幸せのためにある”という答えが出てきます。
教育の現場においても、子どもたちがウェルビーイングな状態にあるほど、学びや成長の度合いも大きくなり、将来に渡っても幸せや生きがいを感じることができるようになります」と語るのは、「日本Wellbeing計画推進特命委員会」の有識者の1人である前野隆司先生。
これまでも、「総合的な学び」や「主体的・対話的な深い学び(アクティブ・ラーニング)」等が公教育で推進されてきたが、今後はさらに子どものウェルビーイングを重視して、持続的な幸せにつながる教育が目標とされるだろう。
このウェルビーイングを目指すためのキーワードとして、「地位財」「非地位財」が挙げられる。
「地位財とは他人と比較できる財、比較できない財を非地位財と表現します」と前野先生。アメリカの経済学者ロバート・フランクの研究では、地位財から得られる幸福は長続きせず、比較できない非地位財による幸福こそが長続きするというデータがある。
子どもの教育における地位財とは、成績や偏差値、学歴などが該当するだろう。それでは子どもの教育にとっての非地位財とは何だろうか?
「周りの人と比べず、自分の良さを伸ばすことで、幸福度は高まります。結果や評価重視の勉強ばかりではなく、興味のあることを自分で調べたり、好きなことに夢中で取り組んだり、新しいことや難しいことに挑戦していくといったプロセスが子どもにとっての非地位財につながるはず。そこで得たやりがいや人とのつながりが、長続きする幸せの鍵です」。
学歴や社会的地位、お金や物など、他人と比較できる「地位財」によって得られる幸福は、生きがいや愛情といった他人と比較しにくい「非地位財」による幸福に比べて長続きしない。
「勉強して偏差値の高い大学に入ったり、人よりお金持ちになったりという地位財ばかり目指すのではなく、非地位財を目指した方が長期的な幸せにつながるということは、子どもにも教えていくべきですね」。
「学歴」や「年収」が高いと
幸福になれる?
「いい学校」や「いい会社」に入れば幸福になれるほど、これからの社会はシンプルではない。では今の子どもたちが将来幸福になるためには、何をしておけばいいのだろうか?
子どもに向かってつい「勉強しなさい」と口にしてしまうが、もし「なぜ勉強をしなくてはいけないのか?」を問われたときに備え、親は「勉強することによって将来幸せになれるのか?」について考えておく必要があるだろう。
「幸せは多様なパラメーターに影響されます」と前野先生。「高学歴の方が幸せ」という研究データもあるが、「高学歴だからといって幸福とは限らない」「トップの成績を取るより、2位グループの方が幸福である」といった研究データもある。
「仮に“高学歴=幸せ”というデータが出たとしても、“高学歴な人は高収入になりやすい”“高学歴な人はやりがいのある仕事を得やすい”など、高学歴にもさまざまなパラメーターが存在します」。
つまり、学歴は多様なパラメーターの1つに過ぎず、「幸せ」にとっては絶対的なものではない。目的に応じた学歴を目指しつつ、やりがいのある仕事や趣味などを見付け、充実した人生を送ることが、持続可能な幸福につながると考えられる。
収入は「あればあるほど幸せになる」と考えられがちだが、それは正解ではない。プリンストン大学のアンガス・ディートン教授によると、年収が一定水準を超えると、それ以降は年収と幸福が相関しなくなるという。
具体的な金額は社会の状況や金融相場によって変化するため議論の余地があるが、「平均より少し上」くらいだといわれる。
ただしお金の価値自体も生活環境(居住地域など)によって異なるため、年収もパラメーターの1つに過ぎないと見るべきであり、金額よりも今の生活環境に対して満足や感謝を感じられるか否かが、幸福になるためのポイントだといえるだろう。
「親はこれまで自分が生きてきた環境の価値観にしばられがちですが、現代の社会は既に学歴社会とは異なるステージに来ています」と前野先生。
かつての学歴社会を「地位財型社会」とするなら、現代は「非地位財型社会」。だからこそ、ウェルビーイングが注目されているのである。
アメリカの心理学者マーティン・セリグマン教授が提唱する「ポジティブ心理学」では、「人生の意味や定義(meaning)を把握している人は、幸福になりやすい」とされている。
たくさんの収入を得て、何台もの高級車を購入しても不安があり、幸せを感じられない人がいる反面、自分の目指すものを把握してしっかり計画を立てられる人は、収入に影響されず幸福を感じられる。
「幸せというのは主観的なもの。1000万円の年収でも足りないと感じる人にとっては不幸であり、400万でも十分と感じられれば安心感や幸福につながります。いわば、非地位財は“コスパがいい”ともいえるでしょうね」。
周囲の価値観に左右されず、自分の幸福度を上げてくれるパラメーターをつかむことが大切だ。
文:藤城明子
FQ Kids VOL.18(2024年春号)より転載
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