2022.04.27
2022.05.23
2022.05.02
私が生まれたのは1955年。高度経済成長期にどっぷり浸かって過ごしていた子供時代に、今でも忘れられない衝撃的な体験をしました。もしかすると、今の私のグラフィックデザイナーとしての原点になっているかもしれません。
小学6年生だった頃、これ以上の上位モデルはないという最新10段変速式自転車が新商品として発売されました。私は釘付けになり、どうしても欲しくて、誕生日かクリスマスに買ってもらいました。その自転車は、子供にしてみたらもうスーパーカーです。
その後、お小遣いをはたいてさまざまなアクセサリーを付けていきました。まずバックミラー。右に付けたら次はもう片方にも。そして車に付けるようなウインカー。光が右から左に流れていくカッコいいやつです。当時はとても画期的だったわけです。
大人が装飾を付けて走っているのを見ては憧れ、お小遣いを貯めては新たな装飾に費やし、どんどん付け足していきました。今思えば、まんまとメーカーの戦略に乗せられていましたね(笑)。
そして、中学1年生になり、ついに「あ」の瞬間が訪れます。「この先、自分はこの自転車とどう生きていくのだろうか?」と。これ以上はもう装飾できないという状態にまで至った時、「この先はない」と気づいたのです。
そしてなんと、これまでお小遣いをつぎ込んできた全ての装飾を1つ残らず取っていきました。元々付いていた泥除けまでも。「自転車としての必要最低限の機能だけを残して、全部とってみたらどうなるんだろうか」という疑問を抑えられなかったのです。
そこに現れた自転車は、私がこれまで見たこともない姿でした。感動して、言葉も出てきませんでした。思わず涙が出てきたくらい。一切無駄なものがない、必要最低限の自転車の構造の美しさ。「なんだこれ、ほんとに綺麗だ……」と、自分がその美しさに感動していることには後から気づきました。
この、シンプルな物の美しさというのを初めて自分で体感した時の衝撃は、今でも忘れられません。どうしてこんなに綺麗なものに、あんなにお金をかけて、ごちゃごちゃとくっつけて装飾していたんだろう? と己の浅はかさまでも痛感しました。
夢中になってやりたいだけやって、「あ」という気づきから行動に移してみたら、感動的で衝撃的な世界が待っていたりする。子供は十人十色でいろんな環境に置かれていますから、それはいろんなことで起こり得るけれど、好きな物や事の中に隠れているのはたしかです。
そして、もし親から手取り足取り教えられていたら、今のデザインワークや価値観につながるほどの感動は得られなかったでしょうね。
佐藤卓(さとう・たく)
グラフィックデザイナー。1955年東京生まれ。1981年東京藝術大学大学院修了後、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現:株式会社TSDO)設立。東京ミッドタウン内「21_21 DESIGN SIGHT」館長兼ディレクター。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」のアートディレクター、「デザインあ」総合指導を担当。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」のパッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」のシンボルマークを手掛けるなど幅広く活動。
文:脇谷美佳子
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