2021.03.23
2024.06.12
2021.06.05
FQKids編集部:コミュニケーション能力の重要性が叫ばれています。コミュニケーションは日本語では「対話力」になるのでしょうか?
平田オリザさん(以下敬称略):対話力だけではありません。コミュニケーション・スキルには様々な要素が含まれます。例えば企業の人事採用担当者が新入社員採用にあたって最も重視するのもコミュニケーション能力と言われています。
ここでいわれるコミュニケーション能力は、いわばグローバル・コミュケーション・スキル=異文化理解能力のことで、OECD(経済協力開発機構)でも、PISA調査を通じてこの能力を重要視しています。
といったイメージです。まあ、なんと素晴らしい能力でしょうね。少し盛り過ぎの感じですが。
FQKids編集部:異文化理解能力、多様性がなぜ重要なのでしょうか。
平田オリザ:OECDの基本理念は、多文化共生です。企業、学校、自治体、国家など、どんな組織も、異なる文化、異なる価値観、異なる宗教を持った多様性のある人々が混在していた方が、最終的には高いパフォーマンスを示すという考えからです。最新の生物学の研究からも、多様性こそが持続可能な社会を約束するとされています。
FQKids編集部:子供たちのコミュニケーション能力は本当に低下しているのでしょうか。
平田オリザ:私は、今の日本の子供たちのコミュニケーション能力が低下しているとは考えていません。「グローバル化や産業構造の変化などから、社会が要求するコミュケーション能力の質の変化」「少子化、核家族化、地域社会の崩壊などから子供が大人とコミュニケーションを取る機会の減少」「環境の変化に必要なコミュニケーション教育がついていっていない」といったことがむしろ問題です。
私は、これまでよく「単語でしゃべる子供たち」という言葉で説明してきましたが、しゃべれないのではなく、しゃべらないのです。幼児期には単語しかしゃべりませんよね。成長するにつれ、「他者と出会い」、単語だけでは「通じない」経験を繰り返し、「文」というものを手に入れます。
兄弟が多ければ「ケーキ!」と言っても無視されるのが関の山ですが、優しいお父さんお母さんなら、「ケーキ」と言えばすぐケーキを出してしまいます。もっと優しい親になると、子供の気持ちを察して「ケーキ」という前にケーキを出します。言語は「言わなくても済むことは、言わないように変化する」という法則を持っているのです。
FQKids編集部:しゃべれないのは能力の低下ですが、しゃべらなくても済む環境で育ってしまったことによる子供たちのコミュケーションの意欲の低下なのですね。
平田オリザ:お父さんお母さんは「ケーキをどうしたいの?」と聞いてあげなければなりません。とはいえ、これは家庭だけの問題ではありません。学校でも優しい先生が子供たちの気持ちを察して指導を行います。子供たちも、衝突を回避して、気の合った小さな仲間同士でのみしゃべり、行動します。こうして、わかり合う、察し合う、温室のようなコミュニケーションの状況が続いていきます。
FQKids編集部:平田さんはコミュニケーションでは「協調性から社交性へ」を強調されています。
平田オリザ:今、日本人に求められたコミュニケーション能力の質が大きく変わりつつあります。今までは「なんとなく理解する能力」「空気を読む能力」「心を1つに一致団結する能力」でした。価値観を1つにする方向のコミュケーション能力だったのです。
しかし、グローバルな時代を迎え、価値観はバラバラなままでどうにかしてうまくやっていく能力が求められています。日本社会では「心からわかり合える関係を作りなさい」という「協調性」に重きを置いて教えられ育ってきました。
心からわかり合えることを前提にコミュニケーションを考えるか? あるいは、人間は分かり合えないからこそ、どうにかして共有できる部分を見つけ、それを広げていくことならできるかもしれないと考えるのか。
FQKids編集部:コミュニケーションはそもそも「分かり合えない、すぐには」が出発点なのですね。
平田オリザ:「心から分かり合わなければコミュニケーションではない」というのは心地よい響きですが、日本社会では心からわかり合えない人々をあらかじめ排除するシマ国・ムラ社会の論理が働いています。社交性は日本では「上辺だけのつきあい」「表面上の交際」というマイナスのイメージがつきまといがちです。
しかし、上辺も何も、そもそも本当の自分なんてありません。私たちは社会において、様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成しています。演劇の世界、あるいは心理学の世界ではこの演じるべき役割を「ペルソナ(仮面)」と呼びます。
仮面の総体が人格を形成しているのです。演じることは決して悪いことではありません。親や教師に「演じさせられる」と感じてしまったときに問題が起こります。ならばまず、主体的に「演じる」子供たちを作ろうというのが日本が目指すべき「国際社会を生き抜く異文化コミュニケーション能力、世代間コミュニケーションの問題を克服する能力、そして、楽しい学校生活を送るための人間関係を形成していく能力、多様なコミュニケーション能力」の育成です。
FQKids編集部:主体的に「演じる」子供たちを作ろうという教育が演劇を通じたコミュニケーション教育です。次回は演劇ワークショップの内容とフィクションの力について詳しくお話しいただきます。
平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場芸術総監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。1995年『東京ノート』での第39回岸田國士戯曲賞受賞をはじめ国内外で多数の賞を受賞。京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、豊岡市文化政策担当参与など多彩に活動。
文:脇谷美佳子
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