2023.02.22
2020.06.04
2021.03.12
「より良い教育を得るためには、我が子と同じようなレベルで、同じような目的を持った子供たちが集まる進学校へ通わせるべきである」と、考える親は少なくないだろう。しかし、その集団共通主観は、一体どこから生まれたのかを問うべきである。
進学希望者も就職希望者も、スポーツも文学も、親が農家でもサラリーマンでも、あらゆることを分け隔てることなく、多様性溢れる環境で学ばせることで成功している事例がある。島根県隠岐郡海士町の「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」である。
過疎化が進む島前地域(西ノ島町・海士町・知夫村)で、魅力的で持続可能な学校と地域をつくることを目的にはじまった取り組みだ。高校が廃校になれば、子供たちが地域からいなくなるだけでなく、働き盛りの親たちが島を出てしまう。そうなれば、少子高齢化が加速することは間違いない。
そこで見出した活路が、「生徒が行きたくなる・保護者が行かせたくなる・地域が活かしたくなる」魅力的な学校をつくることだった。島前高校では、学校だけでなく行政・地域住民が協動し、その地域・学校でなければ学べない独自カリキュラムを用意した。従来の知識教育中心の授業を大きく変え、地域に根ざしたキャリア教育や課題解決型の学習を取り入れている。
また、日本各地から意志のある入学者を募る「島留学」制度も、成功への大きな役割を果たしている。島外の子供たちは、観光資源の活用や島が抱える課題を解決する能力を磨くことができる。一方で、島内の子供たちは、多様な価値観に触れられるようになる。
さらに、島留学生の支援をする「島親」制度では、幅広い年齢層の地域住民たちの協力によって学校教育では学べないことを体験できる。例えば、船上での海釣り体験や伝統料理の講習、お祭りへの参加など、地域ならではの貴重な体験を得ることができる。そのため、卒業後にも島親を訪ねて来島する子供たちも多いという。
その結果、離島・中山間地域では異例となる生徒数の倍増を実現。地元への高校進学率が45%(2007年)から77%(2015年)、生徒数は2倍以上に。入学志願倍率も急上昇している。面接で志望動機を問われた時に、「親のすすめ」では、不合格は間違いない。
応募要項にもあるが、求める生徒像は「自ら学ぶ意欲を持つ生徒」であり「多様な価値観を尊重し、他者と協働して課題を解決しようとすることのできる生徒」である。筆者の知る東京からの島留学を希望した生徒は、「学びながら、東京ではできない釣りを楽しみたい」との動機で見事合格を果たした。
人生100年時代に、学問だけができ与えられた仕事をそつなくこなせるだけの、社畜のように働くことしか知らない人生になっていいのか。一生懸命に働き、定年を迎えた後半の人生に、趣味のひとつもなければどうだろうか。親は必ず、いつかは亡くなるのだ。それを今から考えておくべきである。
この取り組みによって、大きく2つの現象が起きている。
1つは、Sターン現象である。都会から島へやってきて、大学に進学するために島外へ出る。数年間、島外で働いたのちに、再び島へ戻ってくる人が増えている。
2つは、親が子供を連れて移住してくること。島前高校への入学は島民枠と島外枠がある。島外枠は倍率が高いため、移住して島民になってしまおうという考えだ。島前高校のある海士町ではすでに住居が不足しており、知夫村に移住し通学船で通う人があるほどだ。もちろん、島の人口は増加傾向にある。
これらの取り組みはまちづくりの成功事例としても注目され、島根県内だけでなく全国へ広がりをみせている。ここまで読んで、大学への進学を不安に思った読者も多いだろうが心配することはない。多くの場合は、県外への進学・就職を選択している。国公立の大学へ進む生徒も少なくない。島根県立津和野高校も魅力化プロジェクトを行なっている高校のひとつだが、東京大学への推薦入学を手にした生徒もいる。
多様な価値観を学ぶ経験を与え、自ら考える力を育てたいと思う親に、ぜひお勧めしたい。
藻谷浩介/KOUSUKE MOTANI
株式会社日本総合研究所主席研究員。「平成の合併」前の3232市町村全て、海外90ヶ国を私費で訪問した経験を持つ。地域エコノミストとして地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。自治体や企業にアドバイス、コンサルティングを行っている。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など著書多数。お子さんが小さな頃は、「死ぬほど遊んだ」という良き父でもある。
FQ Kids VOL.04(2020年秋号)より転載
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