都会からの移住が増加中? 自然の中で子供を育てる「森のようちえん」の取り組み

都会からの移住が増加中? 自然の中で子供を育てる「森のようちえん」の取り組み
時代に必要とされる教育資源は豊かな山の上にある。その環境を活かして、たった3人のお母さんたちがスタートさせた「山のこども園 うしのしっぽ」。過疎地に移住する選択肢をどう考えるか。藻谷浩介の「里山資本主義的子育て」コラム。

根っこさえ育っていれば最終的な目的地へちゃんと辿りつく

島根県津和野町左鐙(さぶみ)地区、標高400mの急伸な山の尾根に位置する京村牧場の中に、たった3人のお母さんたちがスタートさせた地域型小規模A保育園「山のこども園 うしのしっぽ」がある。

もともとは、園舎のない森のようちえんの形態で、2013年に認可外保育園として開園した。開園から2年間ほどは山小屋を拠点に、一日中牧場の内外で過ごす共同保育を思いのまま実施した。

山の上では、①自分で考える力、自分で決める力、②想像力、③反射神経やバランス感覚、④足腰腕の力などの身体能力 ⑤感受性の豊かさなど、保育所保育指針や幼稚園教育要領に示される体験を自然と身につけることができたそうだ。子供は理屈的な机上論に固められた教育をせずとも、山の豊かな資源の中で過ごすことで、すくすくと育つのである。

園長の京村まゆみさんは、4人の息子を育てながら「学校の成績によって確かに道は変わる。けれど、どの道を通っても根っこさえ育っていれば最終的な目的地へちゃんと辿りつく。その根っこを育てるための答えが、森のようちえんにはある」と考えている。

その中から、「ここの豊かな自然と人という恵まれた教育環境の中で育つ機会は、都会で育った子どもたちにとっても貴重ではないか」という思いが生まれた。「ここで育った子どもたちが、今主流の価値観と相反する価値観を尊重し、今当たり前と思われていることが本当にそうなのか?と考えて、自分の目と耳と感性で判断し行動できる人になってほしい」との考えだ。

移住者が増える中での小学校の廃校


世の中には、日本基準での“お受験エリート”になることが子どもの将来を開くと信じ込んで、そのために都会に移住する母子もいるが、そんな価値観に未来はないと直感して、逆に過疎地に移住する家族もいる。実際に、この園の評判を聞きつけて当地にIターン移住する都会出身の家族が増え、その思いは確信に変わった。

そんな最中の2014年、園から山を降りた麓の集落にある、左鐙(さぶみ)小学校を廃校にしようという、町の計画が持ち上がった。島根県の山間部らしく、芝生に覆われた庭に面して木造校舎の建つ、美しい学校である。都会からの移住者が増え、入学者も増え始めた矢先だった。

この小学校を母校とした、Iターン移住者の中学生が、廃校を防ぐため、地域の空き家を改修し移住する家族を増やそうと、クラウドファンディングを立ち上げた。うしのしっぽが事務局として運営を行った。

この取り組みは、広く話題になりNHKなどのドキュメンタリー番組でも紹介された。目標金額の600万円を大きく超える706万円が集まり、プロジェクトは達成された。筆者もささやかながらこれに協力した一人である。

しかるに、小学校存続を求める請願書は議会にて否決され、2015年度末に左鐙み小学校は廃校になってしまった。筆者の推測だが、就任一期目の若い町長が、この集落出身・在住の名門山林地主であることが、逆に「出身集落をひいきするのか」というやっかみを生みかねなかったという事情もあるだろう。

実を結びつつある自然の中で感性を養う道を選んだ成果


そればかりか、同年に同じ集落在住の町会議員からの強い要求があり、うしのしっぽは認可保育施設への移行を余儀なくされた。

認可保育園になれば、どんな家庭の子供もほかの認可園と同じ保育料で選んでもらえるなどの利認可基準に沿うように改築せねばならない。そのための資金負担は重く、2年間は、山から車で10分ほど離れた、麓の集落の中にある旧保育園を拠点として過ごすことになった。

しかし、「丸一日豊かな山の上で過ごすからこそ育つものがある」との思いで、山の上に認可を受けた新園舎を立てることに決め、2017年に完成にこぎつけた。

認可保育園としての事業基盤確立を遂げたうしのしっぽでは、10年後、20年後の未来を想像しながら、左鐙小学校を再び一つの教育の場として復活させたいと活動を続けている。幸い校舎も校庭も、現時点では廃校前の状態で保存されている。

最近の大きな進展は、島根県出身の映画監督の手による、映画「高津川」の制作・公開だろう。うしのしっぽを撮影地に、小学校廃校反対運動そのものをモデルにして撮影されたこの作品は、世の高い評価を得、地元での試写会では(内心廃校を忸怩たるものと思っているであろう)町長も、華やかな祝辞を述べた。

うしのしっぽの活動も長くなり、ここで育った子供が高校を卒業したのち再び左鐙に戻って来始めている。「自分の目と耳と感性で判断して行動できる人を育てたい」という教育方針が、きちんと卒業生に伝わっている証ではないだろうか。

うしのしっぽのような“森のようちえん”の輪は、静かに全国に広がりつつある。今の園児が人生の成熟期を迎える半世紀後には、20世紀型のお受験を選んだ親子と、自然の中で感性を養う道を選んだ親子と、その選択の成否は完全に明らかになっているだろう。

それにしても、自分の子供の成長を願うふつうのお母さんたちが、ここまでのことを達成してきたという事実には、人間の持つ本来の力のすばらしさを感じる。子供が成長するだけでなく、共に親も成長するという点で、うしのしっぽは、どんなお受験幼稚園にも勝る成果を出していると言えるのではないだろうか。

PROFILE

藻谷浩介/KOUSUKE MOTANI

株式会社日本総合研究所主席研究員。「平成の合併」前の3232市町村全て、海外90カ国を私費で訪問した経験を持つ。地域エコノミストとして地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。自治体や企業にアドバイス、コンサルティングを行っている。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など著書多数。お子さんが小さな頃は、「死ぬほど遊んだ」という良き父でもある。


FQ Kids VOL.03(2020年夏号)より転載

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