2023.12.29
2022.02.27
2020.09.14
「体罰によらないしつけが大切」。これはよく聞く話ですが、子供を傷つけるから、というだけの理由ではありません。体罰を受けた子供が親になったとき、その子供に再び体罰をしてしまうという負の連鎖が続くからです。
それは別に、子が自分の親に復讐しているというわけではありません。近所の子育てをたくさん見て学ぶ機会は少ないですから、育児というものはどうしても自分が体験した範囲で再現しがちです。
また、体罰や虐待を受けると、「自分は悪い子だから叩かれる」と思いこみ、自分に対して自信や信頼感が持てなくなります。そのまま大人になり、親になれば、自分の言うことを聞かない子供に不信感を抱いたり、「親として自分はダメだ」といった不安が一気に強まってしまいます。だから冷静に子供に向かい合えないのです。
幼少期の家庭環境に問題があっても、学校でいい先生や友達にめぐりあえればまだ幸せな方です。過去の犯罪者の傾向を見ると、そうした出会いがないまま大人になってしまった人が多いと感じます。
ある人権団体が、死刑囚の作品展というものを開催しています。死刑囚による手書きの文章や絵を展示するのですが、私はそこで文章の審査員をしたことがあります。自分がなぜ罪を犯したかを振り返ってもらうと、家庭の劣悪な環境が原因となっていることが多々読み取れます。
いくらかは美化された部分もあるのでしょうが、根っからの悪人で殺人も計画的というケースは少ないように感じます。
いい先生や友人との出会いは運の要素もあります。なぜなら学校でも体罰やいじめがあるからです。
また昔は、先生による体罰指導の方が愛情を伝えやすいといった風潮もありましたが、これは体罰を正当化する言い訳に過ぎません。体罰で子供の勉強がはかどるか、いい子に育つかといわれれば、そんなことはまったくないわけです。
これは親も同じです。課題を終わらせたら欲しいものを買ってあげる、といったご褒美の提案ならまだ理解できます。しかし、勉強しなかったら体罰が待っているというのは、「恐怖による強制」でしかありません。
そうなると、子供は何とか親の目をかいくぐってさぼってやろうという、ずる賢い思考に陥る可能性が高まってしまいます。
最近、シングルマザーの女性が新しい彼氏や夫を作り、その男性が女性の子供を虐待し、最悪の場合、子供が亡くなってしまうという悲しいニュースをしばしば聞くようになりました。
たしかにシングルマザーのワンオペ育児は大変ですし、社会的にも経済的にも追い詰められていれば「男性に頼ってしまいたい」という心理が働くのもわかります。
だから、自分の娘が彼氏や再婚相手に性的虐待を受けても母親は文句が言えなかったり、家から離れたくても離れられないという心理的拘束に陥ってしまうのです。
一方で、経済的に恵まれても体罰に走ってしまう母親もいます。私が勤務する病院には婦人科も精神科もあり、子供を虐待してしまいそうという衝動に駆られる女性もたびたび受診に訪れます。
患者さんと話していると、「自分が子供に何を望んでいるか分からなくなっている」という相談を受けます。彼女はそれなりに頑張っているのに「これじゃダメだ」と思いこんでいるのです。
そうなると、子供に対して次々といろいろな習い事をさせたり、SNSでリア充を演出しているママ友と自分を比較して落ち込んだり、仕事で家を空けがちな夫に対して不満をぶつけてケンカになったり、家庭内トラブルが増える原因になったりします。
ある女性は、数年前に高齢で不妊治療し、ようやく子供を授かりました。だから子供をとても大切にしているはずと思っていましたが、体罰の衝動に駆られていました。人間はそんなに簡単な生き物ではないと痛感しました。
いろいろと話を聞くと、想像していた生活と違ったり、しっかり育てていい学校に入れたいと思い詰めたり、そうしたストレスが子供に向かっているようでした。
虐待死が起こると、社会的には加害者となった親に対し、世間は彼らが鬼かのように批判します。
もちろん、体罰や虐待は決して許されないことです。しかし、そうやって虐待した人を極悪人だと決めつけてしまえば「誰も自分のことを理解してくれない」と、誰にも相談できない親が増えてしまうという逆効果になる気がします。
20年ほど前は「虐待してしまった親の気持ちも考えてみましょう。そのために彼らが虐待に至った理由や背景を検証しましょう」といった路線の報道も多くあったと記憶しています。
しかし、今はそうした特集を組んでも十分な視聴率が取れないという現実的な問題もあり、人の気持ちを考えて次に生かすような報道も徐々に減ってしまいました。
どんな親でも、子供が生まれた瞬間から虐待しようなどと思っている人はいません。世の中から取り残されて虐待に至る人を生み出さないために、社会の理解が求められます。
香山リカ
RIKA KAYAMA
東京医科大卒。精神科医。豊富な臨床経験を活かして、現代人の心の問題を中心に、新聞や雑誌など様々なメディアで発言を続けている。著書に『ノンママという生き方 子のない女はダメですか?』(幻冬舎)、『50オトコはなぜ劣化したのか』(小学館)など。
取材・文/大根田康介
FQ Kids VOL.02(2020年春号)より転載
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