2023.08.02
2022.04.10
2020.09.02
以前にも紹介したが、筆者の旧知のある幼児教育実践者は、神奈川県の逗子で自然保育の無認可保育園「ごかんたいそう」を運営している。認可を受けていないのは、実践したい保育内容に制約を受けてしまうのを避けるためだ。
2歳児には、ひたすら砂浜で遊び続けさせる。3歳以上なると周囲の里山や畑で、タネをまいたり、自分たちで育てた野菜を掘り出したりもする。草刈りをすれば、刈った草を積み上げてトランポリンにしたり、なんでも遊具にして遊びを作りだしてしまう。子供とは自ら考え育つ力を持っているのだ。
この園には、大きく3つのものの見方がある。1つめは「成果第二」。情報は溢れ、すべてのスピードが高まる現代社会においては、すぐに成果や結果が求められる。だが幼児に目の前の成果や結果を求めてどうするのか。「半世紀後の彼らの実りある人生」という成果のためには、今は成果に関係ない実経験をこそ大切にするべきなのである。
2つめは「安全第二」。安全を思うあまり、子供たちから失敗のチャンス、イコール学びのチャンスを摘み取ってしまっていないか。万全の注意と覚悟を持ちつつ、子供の自発的な育つ力を信じてぎりぎりまで見守る意識を、周囲の大人たちが持つという方針を、この園は掲げている。
そして3つめは「予定不調和」。大人が狙ったコース通りに物事が進まないという現実こそ、子供の成長の栄養になる。子供に予定通りに物事を進行させることを強いるのではなく、予定からのずれを楽しみつつ対処させることで、子供に現実に向き合う能力を持たせるのだ。
園長はなぜ、このような幼児教育手法を確立できたのか。「セルフリスペクト」のある人間は、「成果第二」「安全第二」「予定不調和」の環境からこそ育つということを、身をもって学んだからである。
彼自身は東京の超一流大学を卒業したのち、超好待遇の会社に入社したが、自身を含めた学歴エリートに、本当のセルフリスペクトを持たない人間が多いことに気づいたという。うまくいったのは学歴や職歴のおかげという、他人のジャッジに依存する生き方を、かえって抜け出せなくなっていたのだ。
セルフリスペクトに欠ける“エリート”ほど、自分の自信のなさを補うかのように、子供にもお受験をさせエリート校へ通わせたがる。それは、「決められたレールにうまく乗らなければ“成功”できない」と、子供の能力を過小評価していることにほかならない。かくしてセルフリスペクト不足は、ひ弱な“エリート”の親から子へと連鎖していく。彼は、自分の子供はそうしてはならないと考え、職を辞した。
この園では、子供たちに決められたレールを歩かせず、自由に自然と戯れさせる。保育士たちは事故を防ぐために、一瞬一瞬尋常ではない注意をこっそりと払っているが、それでも「安全第二」であることに賛同してくれる親の子供でなければ、受け入れていない。
このような幼児教育を行う機関は少しずつ増えてはいるようだが、キーパーソンが引退すると同時に終わってしまうことが多いことは、改善すべき問題でもある。彼の園でも、現在、借り受けている畑を継続的に利用できる仕組みを作ることが課題となっている。
また、比較的自然の多い逗子だけでなくマンションが多い都心でも、同じ教育ができることを証明したいと模索を続けている。それには、都心の地権者の協力や、賛同してくれる親たちの協力が必要だろう。
読者の皆さんは、どう思われるだろうか。彼らの未来を、退職後の数十年の人生を抜け殻のように生きていくようなものにしないためにも、大事な子供にはお受験などさせず、日々自然と遊ばせ、自分の存在に対する根底的な肯定感を持たせるべきではないだろうか。
藻谷浩介
KOUSUKE MOTANI
株式会社日本総合研究所主席研究員。「平成の合併」前の3232市町村全て、海外90カ国を私費で訪問した経験を持つ。地域エコノミストとして地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。自治体や企業にアドバイス、コンサルティングを行っている。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など著書多数。お子さんが小さな頃は、「死ぬほど遊んだ」という良き父でもある。
FQ Kids VOL.02(2020年春号)より転載
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