2020.03.09
2022.08.30
2023.05.27
3年余りにわたって続けてきた連載も今回が最終回。息子たちが幼かった頃のことを思い出しながら、楽しく綴ることができました。
今は大学3年生と高校3年生になった息子たちに、3歳や7歳の頃の話をしても「覚えてないなぁ」なんて言われることも多いです。拍子抜けするけど、覚えていないっていいことだなぁとも思います。すくすくと脳みそが成長し、どんどん新しいことを経験しているということですから。
私はよく地図に例えるのですが、何にも知らないでこの世界に生まれてきてしまった赤ちゃんたちは、手ぶらです。だからまずは親が「ようこそ世界へ、ここはいいところだから安心してね。どんなところか私が案内するよ」と、最初の地図を渡すことになります。これが幼少期の子育てです。
幼い頃に近所の自然に触れたり、ぼーっとしたりする時間を作るのがなぜ大事かというと、自分の身の回りにある世界を子どもが五感を使って知ることができるからなのです。
親が子どもの未来を心配して早期教育を受けさせている間に、そういう貴重な、2度と取り戻せない時間は過ぎてしまいます。だから、子どもが生きている今この瞬間の、ごく身近な世界との時間をどうか大切にしてあげてくださいね。
子どもは腕時計を持っていませんから、忙しい親と今日何分間一緒にいたかを測っていません。
共働きでなかなか時間がなくても、一緒にいる瞬間に全力で子どもと向き合い、心から歓迎して真面目に話を聞いてあげる。一緒に美味しくご飯を食べるとか読み聞かせをするとかでもいいのです。その積み重ねで、子どもは「どうやらこの世界はいいところだぞ」と安心して生きていくことができます。
そして、親があげた地図にちょっとずつ自分だけの書き込みをしていきます。保育園にいる間に覚えたこと、ぼーっとしている時に見たもの……それを親が渡した最初の地図にちょっとずつ書き込んでいって、ある日「なんかこの地図、もう狭いし古いから、自分の地図でいいや!」と古地図を破り捨てるのです。それがいわゆる思春期と言われる時期。まさに成長の証。
それからは親の未知の領域がどんどん増えていって、親子の見ている風景は全然違うものになります。
この時期は、親にはなるべく自分の領域に入ってほしくないものだから、反抗したり口数が少なくなったりしますが、それも順調な成長ですから、親は何かあったら力になるよ、と言いながら見守ることになります。その10代の思春期を抜けると、またあの破り捨てた古地図を発見するんですよ。
大学生の長男は、もう自分の地図をしっかり持っていますから、親が最初にくれた古地図を拾い上げて「あぁ、こんなところは同じだね」「こういうふうに教えてくれたんだね」と読み直しの作業をしています。
話をしていてもお互いに学び合うことが多いし、私の知らない世界をたくさん見せてくれます。こんな日が来るのを私はずっとずっと、保育園や学童の送り迎えをしながらずっと、待ちわびていたんだよなぁとしみじみ嬉しいです。
なーんて話を今聞いても、目の前の5歳児や7歳児にてんてこ舞いの親にはぜーんぜん響かないと思います。私もそうでしたもの。今日1日をどう乗り切るかっていう毎日で疲弊しているのに、そんな先の話をされても気が遠くなるだけでむしろ落ち込むよ! と思ってました。
本当にそうですよね。だから先のことを心配し過ぎないでください。今、親子がハッピーでいられる方法を探すこと。今、親子が心から楽しめることを思い切りやること。子どもに何度言いきかせてもできないことは、脳が育てばできるようになるし、できるようにならなくても他の方法が見つかることもよくあるものです。
全てを親が抱え込まず、環境を変えたり人の助けを借りたりして、その子に合った地図が描けるように助けてあげればいいのだと思います。
先日の母の日、私は息子たちに今年もこう言いました。
「私は君たちのお母さんになれて本当に嬉しい。ありがとう。君たちは私の一番の先生で、この世界のことや人間のことを誰よりもたくさん教えてくれたんだよ。君たちを見ていて、人間てすごいなぁ、人が生きるって美しいなぁって思ったことは数え切れないくらいある。そこにいるだけで、私は君たちを心から尊敬しているよ。こんなに幸せなことはないよ」と。
もちろん尊敬するというのは条件付きではありません。失敗しても落ち込んでもどんな時でも、ただ生きているというだけで、息子たちはいつもその命で私に新しい地図を描いてくれるのです。親の世界は子どもが広げてくれるのですね。
子どもとの時間は親の学びの時間。あなたは誰? あなたのことをもっと教えて。世界にたった1人のその人に向かって、心から「あなたを知りたい」と思える幸せをどうか満喫してください。ではまたどこかで! ありがとうございました。
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト、タレント。東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。1995年TBS入社。アナウンサーとして多くのテレビ、ラジオ番組に出演。2010年に独立。現在は、メディア出演・講演・執筆など幅広く活動。夫と息子たちが暮らすオーストラリアと日本とを行き来する生活を送る。著書『曼荼羅家族』(光文社)、他多数。
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公式サイト:アップルクロス
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