2021.01.28
2023.12.07
2021.06.26
「教育虐待」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。親が子供の将来のために良かれと思って習い事や塾に通わせ、子供がやめたいと言ってもやめさせなかったり、休みがないほど予定を詰め込んだり。それだけでなく、いい結果が出ないと厳しい罰を与えたり、罵倒したり、果ては暴力を振るってしまう。
親は「これは子供のためなのだ、いい将来を手に入れることができるのだから」と信じているのですが、やっていることは子供の人権を無視した虐待行為で、わが子に深い傷を残してしまう……。真面目な親ほど、他人事ではありません。
いろんな子育て情報を知れば知るほど、1日でも早く、少しでも良質な教育をわが子に! と焦ってしまいますよね。でも、子供時代は本当に貴重な、何億円払っても二度と取り戻せない時間。子供時代は子供が子供として幸福に生きるための時間であって、スペックの高い大人になるための準備期間ではありません。
ただの子供として生きる時間を持てなかった人は、いくらエリート教育を受けても、大人になってから失われた子供時代を埋め合わせることができず、心身の不調や癒し難い生きづらさに苦しむことがあります。周囲へのハラスメントや暴力行為などの形で抑圧を発散することも。
私は、息子たちにはよく「ぼーっとするのは脳の栄養だよ」と言ってきました。「ああ今日はすることがなくて退屈だなあ」なんていうのを聞くと「最高じゃないか! 退屈してる時に脳みそが育つんだよ」なんてね。大学生と高校生になった今でも、そうです。
なんといっても、好きなだけぼーっとできるのは、子供の特権です。特に小学生ぐらいまでは、できれば中学生の間も、なるべくぼーっとした方がいいと私は思っています。せっかく脳みそが柔らかいのですから、世界に浸して、たっぷり吸わせることが大事だと思うのです。
先日知ったのですが、人はぼーっとしている時に脳の特定部位が活性化しているのだそうですよ。理想的なのは1日に2~3時間ぼーっとすることだそうです。すると、クリエイティブなひらめきが生まれやすいのだとか。
2~3時間を確保するのはなかなか難しいですが、散歩なんかはとてもいいそうです。それを知って、おお、私が息子たちに言ってきたことはあながち間違いではなかったのかも! と自信を深めたのでした。
ぼーっとするって、世界に向かって自分を開くこと。自身の幼少期を振り返っても、ああ退屈だなーと眺めた景色や無心に見つめた虫、気の向くままにうろついた近所で嗅いだよそのうちのご飯の匂いなんかが鮮やかな記憶として残っているし、そういう原風景が今も自分に色々な影響を及ぼしている気がします。
乾いたスポンジを水に浮かべると自然に水分を吸い込みますよね。あんな感じで、幼い頃に無心に自分を開くというか、外から勝手にいろんなものが入ってくる時間をたくさん持つことが大事なんじゃないかと思います。
習い事や塾は、いわば注入。成分がはっきりしたものを色々スポンジに注ぎ込んで育てようということですね。悪いことではないけれど、そればかりだと、真水を吸えません。一見何の栄養もないように見える真水ですが、たっぷり吸い込めば、自分の持ち味がじわっと溶け出します。
なるほど、ではどうせ吸わせるなら混じり気のない純水を! となるのが親心ですが、雨水や川の水みたいにいろんな混ざり物があるからいいのです。不純物ゼロの水では予想外の出会いがないですし、管理された濃い栄養分ばかりを注入されるのも、浸透圧の具合でむしろ自分の持ち味が溶け出す機会を失ってしまうかも知れません。
いろんなものが微細に混ざり込んだ真水をたっぷり吸って、そこに自分の生まれ持った要素が少しずつ溶け出して、やがてなんかの拍子にじわっと染み出してくるのが「個性」とか「才能」なんじゃないかしら。
子供の持ち味は、徹底的に栄養管理された給水と人工的な圧縮によって絞り出されるものではなくて、もっと複雑で予想外の化学反応を経て、自然なタイミングで出てくるものなんじゃないかと思います。土壌が雨を吸い込み、長い時間をかけて泉になって湧き出すようなものですね。
植物を育てる時も、もちろん肥料や薬なんかを与えはするけれど、基本は、毎日真水を吸わせて日に当てて、成り行きを見守りますよね。でもなぜか自分の子供となると、スケジュールを真っ黒に埋めてあれをしろこれをしろと言ってしまいがち。
自身が厳しい競争を経験した親は、子供が生まれたらすぐにいい幼稚園を、保育園に入ればいい小学校を、小学校に入ればいい中学校を、中学校に入ればいい大学をと先々のことを考えて、最善のコースを用意したくなるものでしょう。
私も中学受験を経験しているので、そうした親の熱意が全て間違いだったとは思いませんが、今の都市部などでの習い事や塾通いの過熱ぶりをみていると、ちょっと心配になります。いくら「善意」でも、教育虐待と言われるような一線を超えてはいけないですよね。
まずはぼーっとする必要があるのは、親かも知れません。ぼーっと空を見て、息をゆっくり吸って、吐いて、今この瞬間に生きていることを、たっぷり感じてみてください。きっと、ちょっとホッとすると思います。その感覚を、幼いわが子が思う存分味わえるようにしてあげられるといいですね。
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト、タレント。東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。1995年TBS入社。アナウンサーとして多くのテレビ、ラジオ番組に出演。2010年に独立。現在は、メディア出演・講演・執筆など幅広く活動。夫と息子たちが暮らすオーストラリアと日本とを行き来する生活を送る。著書『曼荼羅家族』(光文社)、他多数。
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公式サイト:アップルクロス
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