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2020.04.10
自然の重要性を見直す動きは、世界中で展開されている。カナダのブリティッシュコロンビア州では、週2時間は、子供を自然の中で過ごさせることを奨励しているそうだ。
「カナダの子供たちは最近、森や公園で遊ぶのを嫌がるそうです。理由は、コンセントがないから。電源がないとゲームが続けられないからだそうです。それを知って僕は本当に呆れました。自然欠乏症候群は日本だけの話ではないのです」。
ニコルさんの長女はカナダに住んでおり、双子の孫もいる。家の前には森があり、スカンクやクマ、リス、ハチドリなどが間近で見られるそうだ。
「孫たちは野生児です。一度、アファンの森にきたとき、到着したとたんクルマから飛び出して、森の中に入っていった。お母さんは慌てて追いかけますよね。しばらくしたら2人が、巨大な蛇を抱えて出てきました。それに驚いて、お母さんは『キャー!』と絶叫。それに対して孫たちは落ちついて、『お母さん! 蛇がびっくりするからやめてよ』と言うんです。出てきた蛇はアオダイショウなので、ハブなどと違って、いじめなければ人を襲うことはまずありません。でも2人は『この蛇のお腹には赤ちゃんがいる』と言うのですね。よく見ると、その蛇はネズミか何かを丸のみした後で、お腹が膨らんでいた。それで、この蛇はやさしいお母さん蛇なんだと、2人は判断したんです(笑)」。
そんな元気一杯の双子は、英語、日本語、フランス語を操る秀才でもある。ゲームをしたり、テレビも見たりと、今時の子供と同じことも楽しんでいる。
「私はゲームやテレビを禁止しません。1日1時間とか、きちんとルールを決めて楽しめるならいいと思っています。大切なのはバランスです」。
12歳のときには、野兎を捕っていたというニコルさん。そのDNAを受け継ぐ孫たちは、一体、どんな大人になるのだろうか。「孫たちが大きくなったら、一緒にやりたい遊びがたくさんあります。手裏剣を作って投げたり、猟の仕方を教えたり、焚き火で料理をしたりしたいですね。とても楽しみです」。
森が授けてくれるのは、ヒーリング効果や子供たちの健全な成長だけではない。ニコルさんの教え子は、震災という極限時に、サバイバル力を発揮した。
「気仙沼にいた教え子は、津波がきた時、船で沖に向かっていたんです。でも、舵を取られて操縦不能になったので、船から飛び降り、小さな島まで泳いだ。そこで一夜を明かしたんですね。翌日、彼のS0Sサインがヘリコプターに発見され、救出されました。帰宅すると、被災者の方たちが大勢、自分の家に逃れてきていたそうです。ガスも電気も水道もないなかで、彼は焚き火をたいて、大きな鍋に雨水を貯めて、お湯を沸かした。自然の中で学んだことが役立ったんです」。
また、サバイバル力のある人間は、総じて礼儀正しいという。
「自然の中で鍛えられた子はたくましく、とても礼儀正しいです。実は、礼儀こそが一番の護身術。人間に対してはもちろん、蛇でも熊でも、相手のことを良く知って、礼儀正しく付き合えば、危なくないんです。今の日本の子はどうでしょうか。握手したとき、ほぼ100%目を逸らします。ちょっと心配ですね」。
サバイバル力や礼儀までも自然の中で育まれる。そうわかれば、森に行かない理由はない。しかしながら、自由に出入りできる森は少ないという問題も現実としてある。
「アファンの森はもともと幽霊森と言われるほど荒れていました。僕は持ち主を調べ、話し合いをして、土地を買い取って、森を甦らせたのです。ただ森のなかに入りたいだけなら、みなさんも持ち主を探して、『入ってもいいですか?』って聞けばいいんですよ。もしも、森や山の持ち主が手入れできなくて悩んでいるんだったら有志を集めて里山を復活させるお手伝いをすればいいじゃないですか。日本の里山文化は、世界に誇れるものなのです。とにかく、何か行動したいと思うなら、知っている人を見つけて、教えてもらえばいいんです」。ゆくゆくは里山を復活させるほどのアクションを起こせるのが理想だが、自然と接触する第一歩は、簡単なものでかまわないとニコルさんは言う。「とにかく、自然を“経験”してほしい。それが私の願いです。最初は家族で焚き火をするだけでもいいですよ。火を見ながらだと、普段話しにくいことも話せるものです。お湯を沸かしてお茶を飲んだら美味しいですよ。それでパパの紅茶だけウィスキーを入れたりしてね(笑)。ぜひやってみてください」。
人間が森の中から飛び出したのは、人類の歴史からすると、ごく最近のことである。森の中の生活こそが、何百万年も続いた日常だった。そう考えると、現代人も遺伝子レベルでは、都会生活に順応しきれていないと言えるかもしれない。だからこそ「自然欠乏症候群」などの問題が起こっているのだ。
森の中に連れて行くと、トラウマを持った子供の心が癒される。血圧が正常値に近づき、免疫力が高まることも医学的に証明された。木に登ったり、小川のせせらぎを聞いたりすると、脳からアルファ波が出るというのは、人間がそこで様々な動物とともに生活していた証拠だろう。
森に還ると元気になるのは、僕らの祖先が森の一部だったからに他ならない。森の中で元気を取り戻した大人の表情を見ると、子供もより一層心を開くようになる。都会では不自然なスキンシップも、常に助け合いを必要とする森の中では、ごく当たり前の行為だ。お互いの温もりを感じることで、家族の絆が深まることは、想像に難くない。
自然の重要性に気づいても、何もアクションをしなければ、親は自然と子供を寸断する「天敵」になってしまう。反対に都会から一歩足を踏み出せば、豊かな自然の「伝承者」への道が開かれるかもしれない。時には子供と一緒に、自然に還ろう。なぜなら、それが親としての務めだからだ。
C.W.ニコル
作家・1940年イギリス南ウェールズ生まれ。1995年日本国籍取得。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官・環境局の環境問題緊急対策官やエチオピアのシミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動を行い、1980年から長野県在住。1984年から荒れ果てた里山を購入し「アファンの森」と名づけ、森の再生活動を始める。2005年、その活動が認められエリザベス女王から名誉大英勲章を賜る。2011年、「アファンの森」が日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に登録される。2016年、(社)国土緑化推進機構より「第6回みどりの文化賞」受賞。2016年、天皇、皇后両陛下がアファンの森をご視察された。
文:TAKESHI TOYAMA
FQ JAPAN VOL.31より転載
※掲載内容は、2014年6月時点のものです。
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