2021.12.24
2023.05.15
2022.03.05
日本では「演じる」イコール「嘘をつく、自分を偽る」といったネガティブなイメージが少なからずあるように思います。僕が出会ったある県知事さんは、東京大学を卒業したとても真面目な方で、「演じるなど、実力もないのに粉飾しているかのように自分を見せかけるのはおかしい!」とご立腹されていました。
僕たち世代の男性は、「嘘をついてはいけない」という教育が深く浸透していて、「本当の自分を見つけなさい」と教えられてきました。しかし実際には、私たちは場面に応じて社会的な役割を使い分けています。男性であれば、時には息子、時には父親、時には夫、時には部下を持つ管理職といった具合です。
人間という生き物は、場面に応じて様々な“仮面”をかぶっており、一概に本当の自分を確定させることはできないものです。心理学では仮面を「ペルソナ」といい、いくつもある仮面の総体が人格を形成していると考えられています。
子供は、学校では学校のペルソナ、兄や姉には甘えるペルソナ、弟や妹にはしっかり者のペルソナなど、それぞれのペルソナを繰り返し演じることで、徐々に人格を形成していきます。かつて日本には、色々な年齢層の近所の子供たちが集まる原っぱがあり、ペルソナを多様に演じ分けられる環境がありました。
しかし現代は、学校で過ごす時間が長く、部活があり、帰宅後もインターネットで学校の友達と会話するので、同じキャラクターをずっと演じなければいけない現状があります。人は、1つの仮面だけでは重すぎてつらくなってしまうものです。それがきつく感じると、不登校になってしまうこともあります。
「嘘をついてはいけない」と教わって育った子供たちは「いい子を演じるのに疲れた」と、よく口にします。そもそも1つの役割を「演じさせられている」という強迫観念がいけないのです。自ら主体的に演じ、演じ分けることが大切です。
この話をある高校で講演した時、高校生は真面目なので、「つまり嘘をつけってことですか?」という質問がありました。その時、僕は「違うよ。担任の先生も君たちと接する時と、家庭で子供と接する時は、態度は変わるよね? だから人は常識人として、様々な場面に応じて人格を使い分けているんだ」と説明しました。
子供に対して1つの人格だけを強要してはいけません。僕は積極的に演じ分けることを推奨しています。このことを「主体的に演じる」と呼んでいます。
もちろんこの演じ分けは、子供に限った話ではありません。親御さんにも「いい父親、いい母親を演じなければならない」というプレッシャーがある人は多いものです。親も主体的に演じ分ければいいのです。外ではいい親を演じ、家に帰ったらズボラな面も見せてみる。常にいい親を演じていたら、疲れてしまいますから(笑)。
「そんなダブルバインドがあると、子供を混乱させてしまうのではないか?」という疑問もあるかもしれません。ダブルバインドは、矛盾するメッセージにより相手に混乱やストレスを与えてしまう状態のことですが、「演じ分ける」ことは、「嘘をつくこと」「矛盾すること」ではありません。
例えば、小さい頃こんな経験をした人も多いのではないでしょうか。親は外で「うちの子は勉強はからっきしダメなんですが、体だけは丈夫で、それだけが取り柄なんです(笑)」と嬉しそうに他人に自慢している姿です。子供はそれを聞いて、「そうか、パパママは僕が元気なことに誇りを持ってくれているんだ」と安心します。ところが、家に帰ってきてから「なんだこのひどい成績は!」と叱られます。これが典型的なダブルバインドです(笑)。
様々な自分を演じ分けていく中で、人はみなそれぞれ好きな自分を選んでいきます。大学生になってから「自分らしく生きられるようになって、やっと生きるのが楽になった」という声も聞きます。「自分とは何なのだろうか」と向き合うことは必要ですが、誰でも体や心が大人に近づいていけば、自ずと考えるタイミングはやって来ます。場面場面によって、人は違った自分を演じてもいいんだ、ということを子供たちに繰り返し親が示してあげることが大切です。
演じるにあたって、小学校低学年くらいまでの年齢だと、家と外での仮面の使い分けは難しいでしょう。おままごとや戦隊ごっこも演じることの1つです。ご家庭では、様々な状況を設定した「ごっこ遊び」をして、子供の多様性をどんどん引き出してあげてください。
うちの子の場合は、ウルトラマンが好きで、よく一緒にごっこ遊びをします。私は劇作家ですから、変化球のようなシチュエーションも提案して、子供が様々な人格を演じられる工夫をしています。例えば、「あっ、お母さんが宇宙人に襲われそうになっているぞ!」とか。妻もなにしろプロの女優ですから、かなり迫真に迫った演技をしています(笑)。
この時の注意点は、親側が様々なアイデアを持って、「本気で、楽しんで」演技することです。僕の家のお隣に住んでいる女の子がこの前、僕に誕生日カードをくれました。「◯◯君のお父さんは、いつも面白いです。面白いことをしてくれてありがとう」と言ってくれました。私がいつも様々なシチュエーションを提案しながら演じる遊びを本気で楽しんでいることを「面白い」と表現してくれたのだと嬉しく思いました。
世の中の多くのお父さん方は、少し真面目すぎるのかもしれませんね。もちろん面白いお父さんもいますが、演劇教育を受けていない今の親御さん世代にも、演劇は効果的なのではと感じています。
実際、ピアノや水泳など様々な習い事がありますが、演劇の習い事は少ないですね。あっても今の日本ではどうしてもタレント養成みたいになってしまいますから。これからは誰でも演劇が楽しめる社会にしていくことが、これからの課題の1つだと考えています。
平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場芸術総監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。1995年『東京ノート』での第39回岸田國士戯曲賞受賞をはじめ国内外で多数の賞を受賞。京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、豊岡市文化政策担当参与など多彩に活動。
文:脇谷美佳子
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