2020.10.08
2020.11.17
2022.07.02
世界79ヶ国で、約60万人の15歳を対象とした国際的な学力テストPISA(国際学習到達度調査)が、3年ごとに行われています。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野で調査され、2018年の日本の読解力は前回の2015年の8位から15位へと順位を落としました。ただ、結論から言えば、決して日本の子供たちの読解力が低下しているわけではありません。子供の能力が急に低下することはあり得ませんから。
少し遠回りの説明になりますが、90年代以降、子供たちの「50メートル走」と「ソフトボール投げ」の記録はずっと下がり続けていました。昔に比べて体格は向上し、走り方も科学理論をベースに指導しているので、現場の先生方は首を傾げていました。
なぜ下がっているのか? 答えは「誰も一番になりたくなかったから」です。目立ちたくないという子供たちのマインドの問題だったのですね。僕たちが子供の頃は、高度経済成長社会の競争社会ですから、50メートル走の記録を取るといったら、前夜はすき焼きにして卵を1個プラスするくらい気合いを入れたものです(笑)。今はそんなガツガツした子は少ないのです。
このように、読解力の低下うんぬん以前に、PISAでの順位がだんだん落ちているという原因をちゃんと切り分けて考えるべきです。1つは、参加国数が増えてきていること。2つ目に、なぜか結果として小さい規模の国・地域の方が、なぜか有利な内容の試験であること。中国は国単位ではなく、上海や香港として参加し、上位にいます。
出典:国立教育政策研究所(OECD生徒の学習到達度調査)
3つ目に、読解力そのものの捉え方です。コミュニケーション能力と同じように、読解力も1つではありません。PISAによる読解力の定義は、「自分の目標を達成して、知識を深め可能性を広げること。また効果的に社会に参加するために、テキストを理解・利用・評価・熟考すること」です。
私たちが国語で習ってきたのは「この作者が言いたいことは何でしょうか。50字以内で答えなさい/○か×か」といった設問。PISAでは、ある文章を読み、「なぜこの人はこういう行動を取ったのでしょうか。その可能性を5つあげなさい」といった類いのもの。設問の仕方が日本の国語とは異なるのです。つまり、これまで日本の学校で要求されてきた読解力が、世界標準から遅れを取り始めている、ということです。
高校の国語の学習指導要領改訂が話題になり、PISAの読解力順位が取り沙汰されていましたが、実情は日本の学習指導要領の内容が世界から遅れを取ってきている、というだけです。「大人が間違っていたので、変えましょう」と正直に言うべきですよね。そういうことを子供のせいにするから、子供がどんどん追い詰められていくのです。
もともと日本語という科目を「国語」としてしまったので、言語を教えるという目的を捨てきれない現状があります。国語は明治時代に強い国家・強い軍隊を作るために生まれました。薩摩の将校の命令を津軽の兵隊さんが聞き取れなくては軍隊は負けてしまいますから。日本中どこにいても正しい日本語教育を受けられる完璧なシステムを作り、統一しました。
しかし、成熟社会になると、多様性や持続可能性を問われるようになり、全国一律というのは意味をなさなくなります。ある1つの物語も、この国ではこう解釈されているが、一方の国では別の受け止められ方をしている。これからはその違いを教えていく必要がある。「国語」という科目自体が今、制度疲労を起こしているのです。
小学校に入ると、認知能力はテストで点数がつけられるようになります。では、非認知能力はどう捉えたらいいのか。答えは、繰り返しになりますが、できる限り「他者と出会わせる」ことです。
自分とは価値観や文化的背景の違う人、違う環境で育った人と付き合わせること。近所付き合いでも趣味のサークルでもいい、いろんなコミュケーションのレンジ(幅・領域)を作ってあげることが大切です。
非認知能力の中でも、今後さらに重要な「他者とうまくやっていく力」、欲を言えば「集団でどうにかする力」を育んであげたいですね。協働とも言い換えられますが、同じ目的のために互いに自主性・自律性を確保しながら、それぞれが持つ能力・資質を互いに補完し合い、相乗効果によってより大きな成果を生み出す力です。
うちは一人っ子なので、どんなに気をつけていてもわがままに育ってしまいます。だからできる限り、隣の3きょうだいのところに放り込むようにしています。親だけでは無理です。どうしたって先回りしてあげてしまいますから。だからそこの部分は他者にお任せしているわけです。ケンカしたり泣かされたりしながら、かなり鍛えられているようです(笑)。
――連載の終わりに――
読解力のところでお話ししましたが、コミュニケーション力や読解力の低下といった問題は、子供たち側、親側、さらに教師側だけの問題ではありません。多くは社会側にあります。子供たちを強制的に変えることはできません。日本の先生方はとても優秀です。でも、社会のシステム面で変えなければいけないことがたくさんあるのです。
子育てで一番大事なことは「おおらかさ」だと思います。いっときブームになった「○○できない子供たち」のように、ヒステリックにならないこと。大丈夫です。子供たちはちゃんと勝手に育っていきます。
平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場芸術総監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。1995年『東京ノート』での第39回岸田國士戯曲賞受賞をはじめ国内外で多数の賞を受賞。京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、豊岡市文化政策担当参与など多彩に活動。
文:脇谷美佳子
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