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2021.10.16
ITの進歩により、様々な体験がバーチャルでできるようになった昨今。コロナ禍でその風潮は加速し、今や世界旅行だってバーチャルで体験できる時代だ。だが、そこに思わぬトラブルや課題はなく、乗り越えるための創意工夫も必要ない。言葉が通じない現地の人とのつたないながらもハートフルなコミュニケーションもない。
ところが最近の教育研究において、このようなバーチャルではできない体験こそが、自己肯定感や非認知能力を育むために不可欠だと言われるようになってきた。そして、海外旅行に自由に行けない今、このような体験が手軽にできる場所として一躍スポットが当たっているのが、キャンプやアウトドアだ。
ここでは、幼児や子供への野外教育を研究する國學院大學北海道短期大学部教授 田中一徳さんにインタビュー。田中さんが提唱する、キャンプ体験を「知恵を育てる場」として活用する「冒険教育」の考え方や、それによって習得を目指せる自己肯定感や非認知能力とはどんなものかについてに加え、それらの能力が子供の将来に与える影響についても話を伺った。
今の子供たちはYouTubeなどで知識は沢山持っているが、“知っているつもり”でやらせてみたらできないことも多い。だからこそ、体験でしか得られない知恵や力を付ける必要があると田中さん。
「私はキャンプ体験に『PDCAサイクル』に似た、『体感学習サイクル』を取り入れた学習プログラムを作っており、そのプログラムの中の1つに『冒険教育』があります。冒険と聞くと無謀なチャレンジを想像するかも知れませんが、例えば、『誰も手を挙げていない時に手を挙げて発言する』のも冒険の1つ。要は挑戦する機会、場づくりを大切にしているんです」
なぜその場がキャンプなのかと言えば、天気、気候などが日常とは異なる環境に身を置くことで、トライ&エラーの連続となるからだ。子供たちは、それを乗り越えることで知恵や力を蓄積し、また、温度変化に敏感になったり、鳥や花に目がいったりと、様々な気づきも得られる。困っていればもちろんサポートをしてもいいが、一定の距離感を保ち、声はかけても手は出さない、教えすぎないことが重要だという。
では、具体的にどんな体験で、どんな知恵や力が付くのか。田中さんが行なっているメタルマッチを使った火起こし体験を例にすると、こんな具合だ。
「メタルマッチはまず1回で点火しません。角度や削り方を変え、何度も挑戦してやっとコツが掴めるものです。だからこそ、諦めない心や創意工夫をする知恵が付くのです。集中力も必要で、火は点いてもそれを維持する工夫がまた必要です。
さらにグループで挑戦すれば、蓄積した情報を共有したり、疲れたら人に交代を頼むなど、コミュニケーション力も育まれます。人と比べて『自分はこの作業の方が向いている』などと自分の特徴や自分らしさを理解することで、自己肯定感にもつながるのではないかと」。
この際、飽きて途中で止めてしまわないよう、スキルに合わせて「楽しく」挑戦し続けて達成できるゴール設定をすることも重要だという。
田中さんがかつて行っていた長期キャンプでも、様々な能力が培われていった。
「その長期キャンプの中では子供たちに地形図を渡し、1泊2日のショートトリップを企画させていました。体力を考えてのコース決め、荷物の選択まで子供たちで行なっていたので、取捨選択できる自己決定力が非常に磨かれていったのです。さらに、コースを間違えたりというトラブルも乗り切ってゴールする現場対応力も必要でした」。
その子供たちはすでに大人になり、日本屈指の大学に入ったり、外交官、上場企業の社員になったりしているという。「科学的なデータはありませんが、キャンプを通じて進路を決めたり、置かれている状況を俯瞰して見る力の芽が育まれ、自己成長につながったのでは」と田中さん。
自己主張をしなければならない場面や、重い荷物を持って長く歩かなければいけない場面も多かったため、自分らしさの形成や、困難に耐えて前に進む力にもつながったのではないかと感じているという。
そう考えると、得られた知恵や能力は、その後の仕事や人間関係、ひいては人生にも影響するのかも……。未来への投資として、小さな挑戦を一緒に始めてみてはいかがだろうか。
田中一徳(たなか・かずのり)さん
國學院大學北海道短期大学部 幼児・児童教育学科教授。研究分野は、野外教育、ウエルネス、レクリエーションなど。大学構内の自然環境を活用して、キャンプやブッシュクラフト体験ができる『アウトドアキャンパス』を手がける。教員になる前からボランティアでキャンプを行っており、キャンプ場を開発する企業に勤めた経験も持つ。分担執筆に『野外教育入門シリーズ』第一巻『野外教育の理論と実践』(杏林書院)
文:笹間 聖子
FQ Kids VOL.07(2021年夏号)より転載
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