2022.01.16
2021.10.14
2024.09.23
多様性は昨今話題のテーマですが、絵本はずっと前からこれを体現し続けているメディアの1つといえます。例えば文字なし絵本などは、年齢や読み書きスキルに関わらず楽しめるわかりやすい例でしょうし、正解が1つではないことを伝える作品もたくさんあります。
多くの絵本が多様性の姿勢を「標準装備」しています。それは、「どんな人(子どもはもちろん大人でも)にも楽しめる」ことを見据えて作られてきたからです。できる・できない、知っている・知らないの壁をひょいと乗り越えた広い視点が、絵本という表現の根底にあるのです。
だから、「多様性を認め合えるように」と目的に向けた特別な選書をしなくとも、何気なく開いた一冊が私たちのその感覚を知らずのうちに育んでいることは大いにあるでしょう。一方で、今回の6冊のような選び方も、やっぱりできます。この自由度の高さに、絵本の懐の広さ・面白さがよく表れています。
さて、多様性を認め合える人になるには、何が必要でしょうか。世の中にさまざまな人がいると知っていることはまず大切です。ありのままの自分でいながら、輪の一員として歩み寄る姿勢を身につけることも欠かせないでしょう。
だから時には、自分の中に湧き上がった強い感情をコントロールする必要も出てきます。ここでは、いろんな人の存在を見せてくれる作品や、手に余る感情との付き合い方をシンプルに見せてくれる作品などを取り上げました。
これから大人になっていく子どもたち。たくさんの個性が大いに共鳴し合える環境は、きっとどの子の未来にとっても、居心地のよいステージとなるはずです。それこそが、違いを認め合うことの効用です。
専門家おすすめ絵本6選
5・6歳ごろ〜誰でも
『ランカにほんにやってきたおんなのこ』
野呂きくえ/作 松成真理子/絵 偕成社 2020年
暖かくて自然いっぱいの母国で、友達とのびのび遊んでいたランカ。彼女は、家族の仕事の都合で日本に移住することになりました。日本の学校に来た途端、言葉はわからないし、一人ぼっちの気分です。そんなある日の休み時間に、遊びを巡ってクラスの子と騒動が起こります。
異国にやって来た外国人の子の心細さが、読む子にも伝わります。私たち1人ひとりに生まれ育ってきた時間や経験があるように、外国から来た彼らにも、来日前までのいろいろな背景があります。
絵本をきっかけに読者の子どもたちがこれを想像できれば、現実の集団にそんな子がいたときも、異質への偏見にとらわれにくいでしょう。
3・4歳ごろ〜誰でも
『レッド あかくてあおい クレヨンのはなし』
マイケル・ホール/作 上田勢子/訳 子どもの未来社 2017年
レッドは赤いクレヨンです。でも、赤く塗るのが得意ではありません。レッドが塗ると出来上がるのは、青い絵ばかり。本当は青いクレヨンなのに赤いラベルを貼られているからなのです。
けれど、レッド自身も周りのみんなも、まだ気付いていないようです。先生はもっと練習するように言うし、お母さんは他の友達と一緒ならうまくいくはずと考えます。果たして、レッドのもやもや感は解決するのでしょうか?
ありのままの自分でいられることの大切さを伝える一冊です。小さな子から楽しめる易しいストーリーでありながら、読者がその後の成長過程で自らの性別を始めとするアイデンティティの問題に直面した時に、支えとなってくれる面をもち合わせます。
5・6歳ごろ〜誰でも
『せかいのひとびと』
ピーター・スピアー/作・絵 松川真弓/訳 評論社 1982年
見る楽しみにあふれた一冊です。子どもだけでなく、大人も夢中になります。描かれるのは、世界中の人、人、人です。「たくさんの人がいても同じ人っていないよね」の言葉かけに始まり、体の大きさの違い、肌の色や目の色の違い、髪の毛、着るもの、休みの過ごし方や遊びに至るまで、たくさんの異なる例を絵で並べて見せてくれます。
「これってどんな遊びだろう?」などとしげしげ見だしたら、他のことをすっかり忘れてしまうほど面白いのです。画面に没頭するその時に、多様性を尊重する心は子どもたちの内側で静かに育っているでしょう。多様性は子どもに伝えるのが難しいテーマですが、絵が雄弁に物語るこの本を開けば、理解はいとも簡単です。
4・5歳ごろ〜誰でも
『イライラのあらし』
ルイーズ・グレッグ/作 ジュリア・サルダ/絵 吉井知代子/訳 金の星社 2022年
エドは今、イライラしています。始まりは葉っぱが顔に張り付いただけの、ちょっとしたことでした。ところが、イライラはあっという間に大きな嵐になってエドを飲み込んでしまいます。吹きつける風に押され、ザッザッザッと落ち葉を掃きだすエド。そこら中を掃いて、掃いて、掃き続けて――。
落ち葉だらけの町の様子が、そのままエドの心中を表すようです。イライラや怒りは、本来人間にとって大切な感情ですが、出し方によっては相手を傷つけることも少なくありません。
異なる存在を許容する過程では、こうした感情が頭をもたげた際に、自分で適切な形にまで調整できる必要があります。大人でも簡単ではありませんが、エドの姿に自然と学べることは多くあります。
小学校低学年ごろ〜誰でも
『105にんのすてきなしごと』
カーラ・カスキン/文 マーク・シーモント/絵 なかがわちひろ/訳 あすなろ書房 2012年
金曜日の夕方に大きな街のあちこちの家で、105人の大人が仕事に出かける用意を始めます。そのうち男の人は92人、女の人は13人。みんなはまずお風呂に入りますが、シャワーを浴びるだけの人もいれば、湯船につかる人もいます。
お風呂からあがった後も、大きなタオルで体をふく人やひげをそる人など、さまざまです。みんなはそれぞれ好みのやり方で身支度を整え、ある場所へ。さて、そこで起こることとは?
1つの目的に向かって、人々が人間臭く動く様子が面白い一冊です。たくさんの個性が協働すれば素敵なことを生み出せる感覚を、読者の子どもたちは体感するでしょう。多様性を認め合った先には、例えばこの絵本のような光景が広がっているはずです。
4・5歳ごろ〜誰でも
『ぼくは川のように話す』
ジョーダン・スコット/文 シドニー・スミス/絵 原田勝/訳 偕成社 2021年
主人公の「ぼく」には、うまく言えない音があります。松の木の「ま」は、口の中で根を生やして舌にからみつくからです。カラスの「カ」も月の「つ」も、口からすんなり出てきません。だから学校で、ぼくは先生に当てられないよう縮こまって過ごします。さて、思うように話せなかったある日の放課後。お父さんはぼくを川へ誘って……。
吃音当事者である作家が、子ども時代の父との思い出をつづった作です。透き通り、どこまでも広がる物語は、ままならない体を抱えて生きる苦悩、苦労、喜びを体現するかに感じられます。
意志でコントロールできない状況を抱える人が、目に見えないところでどう感じ生きているか。それを想像する1つの大きな材料を与えてくれます。
※「対象年齢」は寺島知春先生の基準によるものです。各絵本の出版社が提示しているものとは異なる場合があります。
寺島知春
絵本研究家/ワークショッププランナー/著述家。東京学芸大学大学院修了、元・同大個人研究員。約400冊の絵本を毎晩読み聞かされて育ち、絵本編集者を経て現在に至る。著書に『非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180』(秀和システム)。ワークショップと絵本「アトリエ游」主宰。
FQ Kids VOL.17(2024年冬号)より転載
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