子供の興味関心が「当たり前」の外に芽生えたら? 多様な価値観との親の向き合い方とは

子供の興味関心が「当たり前」の外に芽生えたら? 多様な価値観との親の向き合い方とは
子供の関心が親の「当たり前」の外に芽生えた時、どう向き合えるのか? 教育者であり、幼い頃からジェンダーに違和感を抱えて生きていた鶴岡そらやすさんと、LGBTを通して“当たり前を改めて考える”連載第2回目。

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ジェンダーバイアスによる不自由

先日、SNSで「髪の毛を切ったら軽く人生が変わった」という投稿がバズっているというニュースを見た。

あるロングヘアーの女性が写真を持って美容院に行き、ベリーベリーショートにしたい、と依頼したところ、「男の子みたいになっちゃうからあまり切りすぎない方がいい」と希望通りにしてもらえずモヤモヤした、という内容だ。その後、希望通りに切ってくれる美容師さんと出会い、ようやく自分っぽくなれた気がした、という話だった。

たくさんのコメントの中に「私も写真を見せてオーダーしたのに女の子だから長めにしておくねと言われた」とか「女性らしさを残した方がいいよと言われ、要望通り刈り上げてもらえなくて諦めた」「いくつもの美容院をさまよって、望み通り切ってくれる美容師さんに出会えて、やっと自分らしくいられる気がする」というコメントがいくつもついていた。

これは「ジェンダーバイアス」によって起きる不自由さの1つである。ジェンダーバイアスとは、男女の役割についての固定的な観念、男なんだから、女なんだからこうあるべきだ、という偏見や差別のことだ。

言うまでもないが、「髪の毛を短くしたい=ジェンダーアイデンティティが男性」ということではない。「髪を短くするのが好きな人」だ。髪を長くするのが好きな男性もいれば、長くするのが好きな女性もいる。性別なんて意識してない、という人だっている。

ちなみに私はトランスジェンダーだとカミングアウトする以前、物心ついた頃からショートカットで、中学生の頃はほぼ坊主に近いベリーショートだったこともある。幸いにも私自身はこれまで、見せた写真と全く違う髪型にされたことはなかったが、何人もの方が、ジェンダーバイアスによる「望んでいない配慮」によって、モヤモヤした経験を持っているのだと知った。

子供たちに刷り込まれていく偏見

考えてみると、これ以外にもジェンダーバイアスによって、自分の意思が尊重されないと感じる体験は、日常に潜んでいる。

例えば外食に行った時。店内に子供用のおまけが設置されていることがある。青いカゴに「男の子用」、ピンクのカゴに「女の子用」と書いてあり、男の子は青、女の子はピンクの方から選ぶよう促される。中に入っているものは「男の子用」には車やヨーヨー、水風船。「女の子用」にはきらきらシール、あみぐるみ、アクセサリー。最初から選択の余地がない。もちろんそこで親が「好きな方から選んでいいよ」と一声かけることで選択肢は広がる。

しかし、「男の子用」「女の子用」と表示され、中に入っているオモチャの種類にも偏りがあることで、青は男の子でピンクが女の子の色、男の子が遊ぶオモチャはこれ、女の子が遊ぶオモチャはこれ、という「当たり前」は刷り込まれていくのだ。……色にもオモチャにも、性別はないはずなのに。私は大抵「男の子用」のカゴに入っているオモチャの方が欲しかった。

だけどそれは「男の子用」だったから欲しかったわけではなく、プラスチックの指輪やネックレスより、ゴムで動く車や水風船の方が私にとっては魅力的だった、というだけのことなのだ。

もちろん「女の子用」のカゴに入ったものが好きな女の子、「男の子用」のカゴに入ったオモチャを喜ぶ男の子だっているが、その子たちがオモチャを選ぶ基準はカゴの色ではなく、自分が欲しいオモチャだからであって欲しいと思う。なんとなく当たり前にそうなっているのならば、今一度「男女」で色分けし、オモチャの種類を限定する必要があるかを、考えてみてもいいのではないだろうか。

考えていただきたい。もしもあなたにお子さんが2人(兄妹)いたとする。すくすくと成長していくうちに、自分の息子が髪の毛を伸ばし、ファッションやメイク、お菓子作りに興味を持ったら、あなたはどう感じ、どう反応するだろうか。

自分の娘が自分を「ボク」といい、スカートは一切履かず、髪の毛もつねに短く切って、いつも外で泥だらけになって走り回り、虫を捕まえてきたり、野球やサッカーに熱中する姿を見たら、どう感じるだろうか。

私には弟がいるのだが、弟は料理が好きで編み物が好きな男の子だった(弟のジェンダーアイデンティティは男性である)。いつも家にいて、暇があればクッキーやかぼちゃプリンを作り、リリアンで遊んでいた。一方、私はいつも外で飛びまわり、泥だらけになって帰ってきて、当時打ち込んでいた剣道のために一升瓶に砂を詰めて振り回しているような子だった。

それを見た近所の人から「反対だったらよかったねえ……」と言われたこともある。その度に私は(なんで?)と思っていた。幸い、私は両親から「女の子らしくしろ」と言われたことはないし、反対だったら良かった、と言われたこともない。もし言われていたら、何かしら心にしこりが残ったかもしれない。

その時、親の本質が試される

多くの親にとって、自分の好きなものを好きと言える子に育つことは喜ばしいことのはずである。「うちの子はやりたいことがない、好きなものがない、将来の夢がない、どうしたらいいのだろう」と不安に思う方はたくさんいるし「自分の意見をはっきり言える子になって欲しい」という相談もたくさん受ける。

好きなこと、夢中になれることを見つけて、本気で取り組んで欲しい、やりたいことをはっきり主張できるようになってほしいと願う一方で、息子がファッションやメイク、お菓子作りに興味を持つこと、娘が昆虫採集やスポーツに夢中になることを「男の子らしくない」「女の子らしくない」という理由で心配する方もいる。

年頃になれば好きな人の1人もできるだろうし、いい人と巡り合って欲しいと願いながら、相手が同性となると「それはダメ!」という方もいる。その言葉や態度は、子供たちにどう映り、どんな価値観を手渡していくだろうか

「男は、女は……」という思い込み、当たり前によって不自由さを感じたり、生きづらさをを感じたり、自分の意思が尊重されない、望んでいない選択をしなければならない、と感じた経験は、多かれ少なかれ誰でも1度は味わったことがあるのではないだろうか。

子供が本当にやりたいこと、好きなものを、ジェンダーバイアスによって諦め、隠さなければいけない、と感じてしまうとしたら、その子にとってどれほどの損失になるかを考えてみていただきたい。

私たちの生活の中に隙間なく浸透している男女の役割、思い込み、当たり前は、意識しようとしなければスルーされてしまうものだ。(だからこそLGBTについて考え、学ぶことで、無意識にスルーしてしまっているジェンダーやセクシャリティーを、意識することができるようになる、と思う)

自分の持つ「当たり前」の外に子供の興味関心が芽生えた時。その時こそ、あなたの本質が試されている。子供の好奇心を引き出し可能性を伸ばすのも、反対に抑え込むのも、関わる大人の視野の広さ、視座の高さが大きく影響する。(ちなみに私の弟は、料理好きが高じて、今は出張料理人をしている。料理をしているときの彼は実に楽しそうだし、私もその恩恵にあやかることができて幸せである。彼の興味関心を否定せず伸ばしてくれた両親に感謝!)

PROFILE

鶴岡そらやす
合同会社Be Brave代表。幼少期を父子家庭で育つ。公立小・中学校で教員として15年勤務し退職。授業をしない自立型学習塾を経営。生徒自身に気づきを促すコーチング力で、主体的に学ぶ姿勢を持った子供たちを育成。2018年、自身がトランスジェンダーであることを公表。企業向け講演や研修、LGBTや不登校などの保護者向けセミナーを行う。著書に「きみは世界でただひとり おやこで話すはじめてのLGBTs」(日本能率協会マネジメントセンター)がある。

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FQ kids VOL.06より転載

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