2024.02.16
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2021.03.27
子供は真っ白なキャンバス、空っぽの器。だから親がいいものを与えて、一流の人物に育て上げましょう! そう聞いて懸命に情報を集め、わが子に最上のものを与えるべく奔走している人もいるでしょう。でもね、子供は真っ白でも空っぽでもありません。ふにゃふにゃの新生児でも、子供は初めから、誰かです。
産みたての長男を見た時「わあ、知らない人が出てきた!」と思いました。10ヶ月間ずっと、誰が入ってるんだろうなあと楽しみにしていたのです。お腹の中でグルグルしている生命体は、明らかに意思を持った誰かです。私の中に私じゃない人がいて、その人は私のことを知らず、きっともう自分は自分だと思っている。なんと不思議なことだろうと思いました。
ちょうどその頃、谷川俊太郎さんの詩集を読んでいたら「ぼく」という詩があって、まさにそんな子供の気持ちが書いてあったのです。誰が決めたか知らないが、ぼくは生まれた時からぼくだ、って。ああやっぱりそうだよね! と思って、本を閉じて立ち上がったら破水しました。あの詩は、長男誕生の詩です。
赤ちゃんは、工場から出荷されたばかりの初期設定のヒト型生命体じゃありません。一人一人、すでに複雑な個性を持った人間です。誰も見たことがない、世界にたった一枚の絵で、いっぱいに満たされた器なのです。ただ、まだそれを表現するのに十分な脳や身体が育っていないだけ。
だから成長を見守りながら、一体何が描かれているの? 何が入っているの? と尋ねるのが、親にできることじゃないかと思います。子育ては「あなたはだあれ?」って尋ね続けることだと思うのです。一生かけたインタビューなんですよね、きっと。
でもついそれを忘れて、大人の判断であれもこれもやらせなきゃ! って思ってしまうのが親というもの。そのうち、子供のためと言いながら、自分のためになってしまうことも。育児仲間との比べっこで、子供の成長が親の手柄みたいになっちゃうと、しんどいですね。子供は、親の成績表じゃありませんから。
習い事をさせると、あの子は上手にできるのに、うちの子はどうして……と悩んだり、よそのうちが早期教育を始めると、うちもやらせなきゃ……と焦ったり。子供を有名大に入れた親のノウハウ本を読み込んで、真似したりして。やれかけっこで負けるなとかサッカー上手になれとか、本人以上に熱くなる親もいますね。
次男は小学生の頃、オーストラリアの地元のサッカーチームに入っていました。最初の練習に特別ゲストでプロのサッカー選手が来て、こんな話をしてくれました。「君たち、なぜサッカーをするんだい?」子供たちは「サッカーが好きだから」「サッカー選手になりたいから」「蹴りたいから!」などと答えます。
「そうだね、いろんな理由があるよね。でも、よく聞いてね。確率から言えば、この中でプロのサッカー選手になれる人はほとんどいない。プロになっても、ロナウジーニョやメッシのようなすごい選手には、多分なれないだろう。それでも君がサッカーをするのはなぜ? いいかい、サッカーが好きで、プレーするのが楽しいのなら、それが最高なんだよ。
……親御さんたちも、よく聞いてください。サッカーは敵に勝つためにするものではありません。有名になるためでも大金持ちになるためでもありません。お子さんが、人生を楽しむためにするものなのです。好きなら、下手でもいいのです。だから、試合が終わったお子さんに、開口一番『勝った? シュートできた?』と聞かないで下さい。聞くなら、『楽しんだ?』と聞いてください。
もちろん楽しい日も、あまり楽しくない日もあるでしょう。たとえシュートできなくても、ボールを追いかける喜びを感じられたら、素晴らしいことです。だからどうか試合中も、子供に向かって怒鳴ったり、相手チームを罵ったりしないで下さい。プレーしているのは子供たちで、親ではありません」
いい話だなあと思いました。そして、子供の習い事に入れ込んで熱くなりすぎる親の問題は、世界共通なのだなとも。
「サッカー」を「勉強」に置き換えることもできるでしょう。「この中でアイビーリーグはもちろん、東大に入れる人だってほとんどいません。ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクにはなれないでしょう。では、それでも勉強するのはなぜですか?」
知らないことを知るのは楽しい、できないことができるようになるのは楽しい、学ぶことで自分が変わり、世界の見え方が変わるのは楽しいと思えれば、生涯にわたって知への探究心を持つことができるでしょう。知の喜びほど、人を輝かせるものはありません。
だから親は、わが子をよーく見て、耳を傾けて、その子の特性や興味に合う形で「学ぶって楽しいね!」を教えてあげられたらいいなと思います。
さて、あなたはなぜ、子育てをしているのですか? 本を出すような“エリートを育てあげた優秀な親”になることが、あなたの喜びなのでしょうか。そうではないなら、子供と一緒に知の道のりをゆっくり歩いてみると、たくさんの発見があるかもしれません。子供は、親の先生なのですね。
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト、タレント。東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。1995年TBS入社。アナウンサーとして多くのテレビ、ラジオ番組に出演。2010年に独立。現在は、メディア出演・講演・執筆など幅広く活動。夫と息子たちが暮らすオーストラリアと日本とを行き来する生活を送る。著書『曼荼羅家族』(光文社)、他多数。
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