子供の「やる気」はどこからくる? 最強の「内発的動機」を育てるコツ

子供の「やる気」はどこからくる? 最強の「内発的動機」を育てるコツ
シドニーオリンピックの女子競泳日本代表だった萩原智子さんは、現在「水ケーション」をテーマに、水の大切さを子供たちに伝えるプロジェクトを展開中。非認知能力の研究者である中山芳一先生が、その活動内容や、リアルな体験の中の子供の学びについて伺った。

———「水ケーション」とは、どんな活動ですか?

萩原さん(以下、萩原):水を通じてコミュニケーションとエデュケーションをしながら、水の大切さを伝えようと2015年に始めました。

私たちにとって、水があるということは当たり前になりすぎていますよね。プールで泳ぐのも当たり前。手を洗うのも当たり前。でも「それって本当は当たり前ではないんだよ」ということを伝えたくて、森林セラピストの小野なぎさ先生と一緒に活動しています。

学習をした後、プールに入ったり、フィールドに出たりもします。「森が水を育み、水が森を育む、そして人間をはじめとした生き物を育んでいる」といった「授業」をキャンプ場でした後、川で遊んだこともありますね。

中山芳一先生(以下、中山):どんなきっかけでそうした活動を始めようと思ったんですか?

萩原:私も現役の水泳選手の時は、水があることを当たり前だと思っていました。ありがたみなんて1㎜も感じていなかったんです。でも山登りをした時、山で水を確保することはとても大変で、水の大切さにハッと気づかされましたね。

中山ふだんの生活の当たり前は、実はすごくありがたい事なんだととらえることは、教育や保育をするうえでもとても重要なことです。わが子には「あれができない、これができない」とつい求めすぎてしまいますが、本当であれば、子供はいまここで生きてくれているだけで充分ありがたいことなんですよね。

 

———リアルな体験を重ねることは、子供にどんな影響がありますか?

萩原:フィールドに出られない時は、木の枝を用意して頂き、においをかいだり、年輪を数えたりしながら、木が成長するのに水が必要なこと、長い年月が必要なことも学習しています。

中山:「水ケーション」の対象になっている幼児期の「敏感期」と呼ばれる時期から児童期の特に低学年までの時期に、いろんな体験を通して感覚刺激をどんどん与えられるのはすごくいいことだと思います。

萩原:今は便利な時代だから、スマホなどで検索するとすぐ答えが出てきますよね。でもそれだけでは、温度やにおい、感触がない。五感を使って学べば、より印象に残すことができます

黒板に書かれているものを書き写し勉強するだけではなく、リアルに体感することも大事だと思います。

中山:「水ケーション」の授業を体験することで、「水は大切」「水は怖い」といった子供たちの価値観が変わる点にも注目したいですね。私たちは何をするにせよ、価値観を判断基準に行動します。

例えば、「今の自分に負けたくない、もっと成長できる自分でありたい」という価値観を持っている人は、いろんなことに積極的に挑戦していきますよね。リアルな体験を通じて新しい価値観を学ぶというのは、すごく意味のある取り組みだと思います。

「水」というテーマもいいですね。スポーツとしての「水」もあれば、飲料水としての「水」もある。僕たちにとって不可欠なもので、いろんな出会い方が考えられます。

萩原:活動を始めた時は、どれぐらい伝わるのか不安でしたが、子供たち1人ひとり、すごく考えているんだなと実感しています。

トイレは水がなければ流せないよね? 水がなければうがいも手洗いもできないよね? と問いかけると「ああそうか!」とすぐ伝わり、ハッとした顔をします。

———「釣り」や「ザリガニ釣り」のような身近な体験からでも学びはありますか?

中山:「水」は身近なテーマだからこそ、いろんなアプローチが考えられそうですね。水泳はもちろん、釣りでもカヤックでもできそうです。

萩原:現在小学2年生の息子は、ザリガニ釣りもします。近くの公園の池で、煮干しやスルメを餌にお友達と釣っています。

枝を探すところから始めるのですが、その段階でその子の個性が出るから非常に面白いですね。細い折れそうな棒を持ってくる子もいれば、抱えられないほど太い枝を持ってくる子もいます。

糸を自分たちでつけようとすると、やっぱり外れてしまう。「じゃあどうやって結べばいいかわかる?」と教えていると、だんだんと工夫するようになりました。

中山:僕はラフティングにはまっていて、毎年夏は知人たちから参加者を募り、高知から徳島まで流れている吉野川でラフティングをするんですが、ボートがひっくり返ったりすると改めて水の怖さを実感しますね。

萩原:そうですね。水は楽しさだけではなく、怖さも伝えていかなければなりません。子供たちには、一度でもいいので、着衣水泳の経験をしてほしいと思っています。

衣服を着たままでは、私たち水泳選手でも泳げません。靴をはいていたら、なおさら重くて泳げない。私は日本水泳連盟アスリート委員会でも活動をしていますが、多くのオリンピアンにご協力いただいて、各地の学校を回り、着衣水泳の授業を通して水の怖さを伝えています。

 

———子供の「やりたい」気持ちはどこからくるのでしょうか?

中山:萩原さんは一度現役を引退された後、3年後に復帰されていますよね。何がきっかけで現役に戻られたんですか?

萩原:北京オリンピックに取材者の1人として取材に行った時、初めて開会式を見る機会を与えてもらいました。現役のシドニーオリンピックの時は次の日が試合で、参加できなかったので。

今でも開会式の音、色、匂いなどすべてを覚えているくらい感動しました。自分はすごいところで戦っていたんだなと実感したら、もう一度戻りたくなってしまいました。

中山:復帰への不安よりも、「やりたい」という気持ちがぐっと上がったんでしょうね。まさに内発的動機。やっぱりそれが最強です。

萩原:そういった「やりたい」気持ち、どうやって育てたらいいんでしょうか? 子供に「勉強しなさい」「宿題をやりなさい」と言ってもやりませんよね。例えばあこがれの仕事につきたいとか、きっかけが必要なんでしょうか。

中山:子供に何かさせようと思ったら、「車の両輪」ではなくて「竹馬」をイメージするといいですよ。

同時に複数のことを両立しようとするのではなく、まずは第一歩として本人がすごくやりたい事をしていれば、次の一歩が竹馬のように出てくる。逆にやりたい事を我慢させてしまうと、次の一歩が進みません。

大切なのは、親の一方的な価値観で「〇〇〇はしてもいいけど、×××はダメ」など、決めつけてしまわないことです。

萩原:息子が小さい時、落ち葉の積もった坂をごろごろ転がって遊びだしたことがあったんです。髪は落ち葉だらけだし、汚れて大変な事になっているから「ええ!?」と思ったのですが、「なんで落ち葉ってこんなにやわらかいの? クッションみたいだね!」という息子の言葉に感動しました。

子供の「やりたい」気持ちを育てるためには、親がいろんな体験を広げてあげるということが、大変だけど大切だということですね。

 

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PROFILE

萩原智子
2000年シドニーオリンピック女子競泳日本代表。2002年日本選手権で史上初の4冠達成。2004年に現役を引退後、2009年現役復帰宣言。翌年日本代表に返り咲く。2013年水泳連盟理事に就任。現在はTV出演や水泳教室、「水ケーション」の講演活動など、多岐にわたる活動を行っている。

中山芳一
岡山大学教育推進機構准教授。専門は教育方法学。大学生のキャリア教育に加えて、幼児から小中高生、さらには大人に到るまでの非認知能力育成についても研究。


写真:松尾夏樹
文:藤城明子

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