子供の「表現する力」を育てるには? 心がけたい“大人の反応”とフィクション教育

子供の「表現する力」を育てるには? 心がけたい“大人の反応”とフィクション教育
多様性の時代、ますます必要となるコミュニケーション能力だが、伝える力や表現する力はどのように伸ばすことができるのだろうか。平田オリザさんの考える“フィクション教育”の重要性とは?

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「家の前の川には河童が棲んでいる」
平田家のフィクション教育

僕は劇作家なので、家でもよく子供に作り話をするのですが、妻にはきっぱり「子供にそういうウソを教えないでください」と叱られます(笑)。家の前にある川には河童が住んでいるんだよ、といった話とか……。

平気でウソをつく人間になってしまうのも考えものなので、妻の言うことはごもっともなのですが、ただ、真面目な話、日本はフィクションを作る授業が極端に少ない国なのです。音楽の授業はあるけど作曲の授業はない。国語の作文、俳句や短歌でさえ「自分の心を詠みなさい」と指導されます。

小説家・平野啓一郎さんは「作文では、なぜ本当のことしか書いちゃいけないのか?」というのが理解できなくて、すごく苦痛だったと言っていました。彼が小学校のときに「いじめ」を題材にしたフィクションの作文を書いたら、それがあまりに上手でリアルで、担任が「俺にだけは本当のことを言っていいぞ」と言ったとか(笑)。

私たち作家になるような人間は、「なんで本当のことしか書いちゃいけないんだろう?」という大きなストレスを感じます。空想したものの方が面白いし、人を楽しませられるはずなのに。じゃあ作文って誰のために書いているんだろう? と。

先日、美術教育の先生方と話していたときにも同じような話がありました。授業で運動会の絵を描かせたときに、ある子が自分が1等でゴールテープを切る絵を描いたらしいんです。でも、その子は運動会当日に休んでいた。周りから「おまえ、いなかったくせに」とやいのやいのされた時、指導の先生は「◯◯君は休んでいたけど、頭の中では1等賞になったんだね。いいねえ」と褒めてくれたらしいのです。とても素晴らしい対応ですね。

フィクションとリアルの境界線を
理解するチカラ

日本の教育では、本当のことしか書(描)いちゃいけないというのが、実は大きな制約になっています。もっとフィクションの授業や空想の授業があった方がいい。PISA調査※1でずっと上位を占めているフィンランドの国語の教科書では、小学校4年生くらいで高いレベルの教育が行われています。

※1 PISA調査:OECD加盟国を中心として3年毎に実施される15歳を対象とした国際的な学習到達度テスト。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野を中心とした試験で、義務教育修了時点で学んだ知識を実生活にどの程度応用できるのかを測る。

例えば、ある子供が家を出て学校へ行ってから帰ってくるまでのことをお母さんに伝える文章について、「この子がお母さんに伝えている言葉の中で、ウソを言っている部分と大げさに言っている部分を色で塗り分けましょう」という設問です。

その単元の目的は「きちんと色を正しく塗り分けること」ではありません。「ウソ」を言っているところと「大げさ」に言っているところは、1人ひとりみな感じる部分が違うんだということを子供たちに自覚させるための授業なんです。

また、イギリスのパブリックスクールのエリート校では、中学校くらいになると「修辞学」※2を習います。いわゆるスピーチです。

※2 修辞学:読者の感動に訴えて説得の効果をあげるために、言葉や文章の表現方法を研究するもの。美辞学。レトリック。

修辞学では、ウソを言ってはいけません。でも相手の心を動かすために、脚色して感動させないといけません。「リアル」と「夢」の境界線がどこにあるのかを理解することは、政治家やビジネスでも必要とされる重要な能力ですね。

フィクションを学んでいないと、リアルと夢の境界が分からなくなってしまいます。日本ではリアルの方しか教育されていませんが、子供の頃からちゃんとフィクションを学ぶというのはとても大事なことだと思います。

子供の疑問を、大人は否定しない

さらに教育において大事なことは、色んなことを試す環境を作るということ。これはクラス運営でも1番大事なことで、教員の資質が問われる部分です。例えば、子供がなにか面白いことを言ったときに、否定しないこと。その可能性を探ること。ここが教育の出発点になると思います。

僕は東京育ちで、駒場幼稚園という地元の幼稚園に通っていました。ある日「卵は親が温めてヒヨコになります」と習い、別の日に絵本で、「土の中は暖かくて、種は暖かい土に囲まれて育って発芽します」と読みました。

そこで園長先生に、「じゃあ卵は土の中で温めるとヒヨコさんになるの?」と尋ねたんですね。そしたらなんと翌日、園長先生が土を入れた植木鉢に、卵を植えて持ってきてくれたんです。僕は嬉しくて、毎日毎日「なかなかヒヨコさんにならないなあ」と観察していました。

日頃の大人の対応、リアクションで子供は大きな影響を受けるものです。そういう先生だったからこそ、「表現することの怖さ」のようなものはなく、躊躇なく自分の疑問や考えを伝えることができるようになったと思います。

子供の疑問を否定せずに、「じゃあやってみようか」と実際にやってみることが大事なんじゃないかなと思います。

PROFILE

平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場芸術総監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。1995年『東京ノート』での第39回岸田國士戯曲賞受賞をはじめ国内外で多数の賞を受賞。京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、豊岡市文化政策担当参与など多彩に活動。

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文:脇谷美佳子

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