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やがて新年を迎える季節です。子どもも大人も、一歩前に進みたい気持ちがふくらんでいる人は多いのではないでしょうか。そんなとき、絵本をきょうだいや年下の友達に「読んであげる」体験は、子どもにとって特別な前進の感覚を連れてきてくれます。
昨日までは読んでもらうばかりだった自分が、今日からは読む立場にだってなれる──。なんだか急にお兄さん・お姉さんになったような、誇らしさを味わえるひと時です。小さな頃からたっぷりと読んでもらってきた子が、文字が読める歳になって初めて迎えられる瞬間でもあります。
この「読んであげる」体験は、環境が整って初めて経験できるものでしょう。基本的には、自分より年下の子と絵本を開く時間が日常の中にあれば可能になります。
きょうだいのいない子などの場合は「今日はママ・パパに読んでくれるかな?」といった声かけの工夫があるとよさそうです。
私自身は幸運なことに、子ども時代にこの機会を得ました。けれどかなり突発的で、結果としては少し残念さの残るものでした。今回は、これから体験に臨む子どもと、それを見守る大人のために、当時を振り返ってみようと思います。
あれは、小学校低学年の夜のことです。両親は珍しく連れ立ってよそへ出かける用事が急にできたようで、寝る準備をする子どもの横でバタバタと忙しそうに外出の支度をしていました。
それが整うと、三姉妹の長女である私に母は「じゃあ行ってくるからね。妹2人に絵本を読んで、終わったら早く寝るんだよ」と言付けて出かけて行きました。
今日もいつも通りに読んでもらえるとばかり思っていた私は、急に「読んであげる」側に任命されてしまいました。大人たちのいなくなった部屋で、私はドギマギしつつも妹たちに「好きな絵本を持ってきて」と母のまねをして伝えました。
妹たちの抱えてきたのは『おしいれのぼうけん』(ふるたたるひ、たばたせいいち/作、童心社、1974)でした。ちょうどその頃、真ん中の妹はこの作品を題材にした人形劇を見たばかりで、わが家でも数夜にわたる長い読み聞かせの最中だったのです。
しかし今思えば、低学年の私が初回でこれに当たったのが失敗要因でした。大人が普通に読んでもなかなかに長いお話なのです。
寝床で開いたはいいけれど、読んでも読んでも一向に終わりません。眠い目をこすって懸命に続ける私の横で、妹たちはまったく寝てくれず、何だか苦行のようになってきました。
そこへ両親が帰宅します。おそらく日付が変わる手前あたりになっていたのでしょう。母に「何でまだ起きてるの! 早く寝なさい!」と叱られて、私は初めての読み手役からやっと解放されたのでした。
大人になった今、あの時の自分を思うと懐かしくもふびんで、複雑です。小さな自分をぎゅっと抱きしめて健闘をねぎらうとともに、これからデビューする子には、どうかもっと晴れやかな思い出にしてほしいと強く願います。
教訓から、私は次の3つのポイントを導きました。これらを踏まえれば、きっと安心に満ちた体験になりやすいでしょう。
①読み手となる子がそれまでに幾度となく読んでもらったことがあり、リズムに慣れた作品を選ぶこと。
②読んでもらう子の年齢に合わせたやさしい一冊を選ぶこと。
③大人が十分に見守れる環境で行うこと(特に初回は!)。
今号の紹介絵本も、これらを意識して選んでいます。
もう1つ、特に大人の方に伝えたいことがあります。もし子どもが「読んであげる」デビューを果たしたとしても、それは「読んでもらう」側からの卒業を意味しないということです。
絵本の基本はやっぱり後者にあり、他に変えられない貴重な愛の経験なのです。どうぞ先を急がずに、たっぷり楽しんでください。
専門家がおすすめ!
読み手体験におすすめの絵本2選
2歳頃〜誰でも
『うずらちゃんのかくれんぼ』
きもとももこ 福音館書店 1994年
うずらちゃんはひよこちゃんとかくれんぼを始めました。「もう いいかい」「まあだだよ」の間に、うずらちゃんは野原のどこかへうまく身を隠します。
さて、ひよこちゃんは見つけることができるでしょうか? 身体の色や形を生かした2匹のかくれんぼに、読者も一緒になって参加できる一冊です。
赤ちゃん絵本の定番です。読み手を初めて務める子なら、その子自身がすっかり覚えて諳んじられるくらいの定番作品を選ぶと、安心感を大きく感じられます。
また、読んであげる相手の年齢に合わせた選書も大切です。読み手・聞き手のどちらも内容を覚えている場合は、「まあだだよ」を聞き手の子に読んでもらっても楽しいでしょう。
2・3歳頃〜誰でも
『おいらひょっとこ』
ザ・キャビンカンパニー ひさかたチャイルド 2020年
「ひゃ~ ひゃりほ~ ひゃ~ ひゃりほ~ほ~」。奇妙な笛の音とともに現れたのは、謎の黒い影。どんどん近づいてきたと思ったら、「ぴたっ!」と後ろ向きに止まりました。
そして言います。「そこのきみ…。『こんな かお できる~?』」。ひょっとこです。変な顔の勝負、変な姿勢の勝負を、次から次へ読者に挑んできます。さあ、終わりまでつき合えるのは誰でしょうか?
ザ・キャビンカンパニーによる、怪しげな魅力の一冊です。「こんな かお できる?」の一言が読者みんなの顔や身体の動きを強く促し、「読む・読まれる」の関係を超えて大笑いできることでしょう。
最初はやはり大人が何度も読んであげてください。読後の室内が興奮冷めやらぬ状況になるのは、ご愛敬です。
※こちらの紹介ページにある「対象年齢」は寺島知春先生の基準によるものです。各絵本の出版社が提示しているものとは異なる場合があります。
寺島知春
絵本研究家/ワークショッププランナー/著述家。東京学芸大学大学院修了、元・同大個人研究員。約400冊の絵本を毎晩読み聞かされて育ち、絵本編集者を経て現在に至る。著書に『非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180』(秀和システム)。ワークショップと絵本「アトリエ游」主宰。
HP:terashimachiharueh.wixsite.com/atelieru
FQ Kids VOL.21(2025年冬号)より転載